助監督12年の菊地健雄が監督デビュー
デジタルカメラが普及し、誰もがすぐに映画監督になれる時代、助監督として下積みを積むこと12年の男が遂に監督デビューする。故郷・栃木県足利を舞台に、父の葬儀で久々に再会した三兄妹が巻き起こすひと騒動を描いた『ディアーディアー』(10月24日からテアトル新宿にてレイト上映)の菊地健雄監督(37)だ。映画も、新人らしからぬ安定の作りで、どうしようもない人間の性や業を愛らしく描いている。
菊地監督は1978年生まれ。映画少年で、明治大学在学中はシネマ研究会に所属。東京・渋谷の映画館シネマライズでアルバイトをしていたこともあったという。ミニシアターブーム全盛の時代だった。
卒業後は映画美学校(東京・渋谷、97年創設)に入学。第5期高等科修了の同期には、『東南角部屋二階の女』(2008年)の池田千尋監督、『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』(11年)の瀬田なつき監督、『くりいむレモン いけないマコちゃん』(07年)の保坂大輔。一つ下の学年には『ウルトラミラクルラブストーリー』の横浜聡子監督(08年)もいる。周囲が華々しくデビューしていく中で焦りがなかったと言えば嘘になるだろう。
しかし講師の一人であり、菊地監督が師と仰ぐ瀬々敬久監督から「お前は自主映画をバンバン撮るタイプではないから、一度、商業映画の現場で学んでみないか?」とアドバイスを受けたことが転機となる。
「正直、迷いました。(監督たちに)怒られて苦労しそうだし、やりたくなかった。でもテレアポ(テレホンアポインター)などでアルバイトをしながら、生活と映画を両立するのには限度がある。1、2本やってダメなら自主(映画)に戻れば良いと思って」
以降、「酒宴で座持ちがする」とか、「現場が和む」とか技術や才能とはまた違う、でも実は現場でこれが大事!いう特異な愛されキャラで支持され、ピンク映画の現場から黒沢清監督『岸辺の旅』まで、多種多様の作品と、個性あふれる監督たちの現場を渡り歩いてきた。
ただ、どんな憧れの世界でも、長く続けていれば厳しい現実が見えてくる。特に昨今、映画のみならず、衛星放送に動画配信とメディアが増え、創作活動の場が増えた。だが、需要に対して供給が追いつかず、人手が足りない状態。その中で使い勝手の良い助監督は引っ張りだこ。菊地監督がなかなかデビューする機会が持てなかった要因でもある。
「それと何より、瀬々監督や大森立嗣監督のような苛烈な人生を歩んできた人たちの仕事ぶりに接すると、やはり生まれ育った環境が、ある程度、作り手の自意識を決定するのではないか?と思うわけです。対して自分は普通の家庭に生まれて、平凡に育った。その事に対してコンプレックスがありました。果たして自分の中に、表現すべきモチーフはあるのか?でもそれも、時を重ね、様々な経験をするうちに、平凡だからこそ描けるものもあるのではないか?と思えてきた。だって、世の中の人の大多数が普通に生きているワケですから」
そう開き直って!?挑んだのが、『ディアーディアー』だ。企画・製作・主演は、旧知の桐生コウジ、脚本は同じ映画美学校出身の杉原憲明が担当。3人でアイデアを出し合いながら脚本開発を練り上げたという。そして完成した物語は、故郷に残って経営厳しい稼業を継いだ長男(桐生)と、昔起こしたとある騒動で精神を病んでしまった次男(斉藤陽一郎)、そして男と駆け落ちして故郷を出たものの離婚危機にある末娘(中村ゆり)が主人公。厄介で面倒だけど、そう簡単に離れる事のできない家族の悲喜こもごもという普遍的なドラマが完成した。
「最初は男女の話だったのですが、兄妹の話に変更してから、自分も長男ということもあり共感する部分もあって、監督を引き受けました。足利市や、今まで撮影でお世話になった俳優・スタッフと、通常だったらありえない方々が協力してくれた。いろんな監督の現場をかい間見て、いろんな人と出会ったこの12年は無駄じゃなかった」
もちろん、前途洋々とは言えない。今回は、低予算インディペンデント製作・自主配給映画。シネコンが中心となった今、自主映画に門戸を開いているミニシアターには同規模の作品がひしめき合い、ある程度の収益が見込める作品でなければ上映してもらえないし、例え上映しても1~2週間の限定公開。そして本作が成功しなければ、監督として次のチャンスも巡っては来ないのだ。
「いま、実は撮影現場に若い人が入って来ないんです。助監督を経験してどうなるのか?具体的な将来が見えて来ないのでしょう。自分が作り続けること、面白い作品を作ることが、育ててくれた映画界への恩返しになるのでは?そう願ってます」
ただ、先日こんな事が…。タナダユキ監督の新作『お父さんと伊藤さん』の撮影現場へ行くと、菊地監督が通行人の誘導にエキストラ出演と相変わらず機敏に働いていた。監督デビューしたはずなのに、また助監督!?と思っていたら、陣中見舞に来たところ、なぜかお仕事を任されていたらしい。この便利さ…もとい、機動力!これは現場がなかなか手放さないはず。果たして、助監督・菊地を卒業出来る日は来るのか!?
(映画ジャーナリスト・中山治美)