中江有里27年ぶり主演映画「道草キッチン」公開 ベトナム料理や“自由人”の魅力も「人生の下りを楽しむ」
俳優・歌手・作家とマルチに活躍する中江有里の主演映画「道草キッチン」が7日から、作品の舞台となった徳島県で先行公開される。都会から自然豊かな土地に移住した50歳の独身女性が「食」を通して地元の人たちと共生していく日常が淡々と描かれている。昨年の撮影当時、主人公と同年齢だった中江に作品への思いを聞いた。
1998年に公開された大林宣彦監督の「風の歌が聴きたい」以来、27年ぶりの主演映画。中江が演じる主人公・桂木立(りつ)は都会で喫茶店を営んでいたが、再開発で立ち退きを余儀なくされて閉店。体調面でも不安を抱えていた時、徳島県吉野川市から相続に関する通知が届く。面識のないおじの妻で、当地で亡くなったベトナム人女性の遺志を受け、移住した立は地元の食材を活用したベトナム料理を作り、国籍も年齢も超えた多様な人たちと交流しながら自分の生き方を見つめ直す…という物語だ。
食べるシーンが印象的だ。山の中でおにぎりを頬張り、畑で採れたレンコンの味に衝撃を受け、そのレンコンを挟んだ「バインミー」、特産のすだちが入った「フォー」などを調理する。
「フォーの麺は米が原料ですし、スープは柔らかい味で、あっさりして食べやすい。知らない親戚だった“ミンおばさん”が遺したベトナム語の手書きレシピを翻訳してもらって、自分でも食べたこともない料理を作り、『食』を通じて様々な縁をつないでいきます。また、一人暮らしの自分が食べるご飯を作るのも大事なシーン。魚を焼いて、味噌汁もお出汁をとって作って、ご飯も炊いて…という、ささやかだけど、しっかりした食事をすることが映画の核になっています」
山間の町に定住するベトナム人たちの生活や日本語教室の様子なども描かれる。
「映画に出てくるホテルはオーナーが日本人とベトナム人のご夫婦で、それは実際にあるホテルがモデルです。そもそも日本にベトナムの方は多く、ベトナム料理店も多くなりましたよね。日本に外国の方がたくさん入って来られて事件とか事故が起きた…とかも聞きますけど、日本人だけでもそういうことは起きるわけですし、過剰に反応せず、普通にあることとして、映画では大きくピックアップされることなく描かれています」
吉野川市と板野町の自然も映像に捉えられた。「約1カ月滞在しました。都会で暮らしている者からすると、夜が暗い…と感じます。撮影がなければ、夜間はどこにも出歩かない。うわつかないというか、変な刺激もなく、朝も早いので夜は早く寝て、普通に自然のサイクルに合わせた生活になっていきました」
共演者では、音楽畑のレジェンド的な存在である2人の“自由人”が異彩を放つ。「ピンキーとキラーズ」からソロ歌手、ミュージカルの第一線で活躍してきた今陽子。関西フォーク草創期から活動し、現在も吟遊詩人のように全国を旅するシンガー・ソングライターの大塚まさじ。映画の肝となる役を担う。
「今さんと大塚さんは異色のキャラクター。違う世界から来た人たちで、人が見えないものが見えてしまう。今さんは旅する人。立が山の中で鹿を撃つ銃声を怖がる場面で、『起きてもいないことを心配しなさんな』という今さんのセリフがある。都会の便利さに慣れて心配性の立に対し、人間も自然の一部であり、抗えない自然の中で生きていくことを教えてくれる。ちなみに今さんは“晴れ女”。少し前まで雨が降っていたのに今さんが来られた途端に晴れる。『私は晴れ女なのよ』とおっしゃった通りでした。大塚さん演じるお遍路さんは“妖精”だと私は思いました。何度かすれ違って会話するシーンがあり、それは何かを妖精として立に伝えに来ているのではないかと。大塚さんは丹波篠山にお住まいで、いろんな場所に行かれて歌っておられて(実生活も)やっぱり妖精なんだなと」
また、亡きおじ夫婦の足跡を長ゼリフで伝える元同僚の医師を演じた堀内正美と撮影後も交流。中江は「神戸に住む堀内さんが阪神大震災での体験を書かれた著書を購入し、東京でのサイン会を予約してお会いしました。とても素敵な方です」と振り返った。そういった人生の大先輩たちとの出会いもあった。
中江はこの映画を、そして人生を「山」に例えた。
「主人公は50歳という、既に人生の後半戦に入っているので、上り坂ではなく、下り坂をいかに下っていくか。下山する時が一番難しいんですよね。勢い余って下るとだいたい大けがをしちゃうんで。ゆっくりゆっくり、足を痛めないように、景色を眺めながら下山する、それはそれで『下る楽しさ』があると思います。その下り方の上手な人たちと徳島で出会った…という作品です」
「道草」しながら「キッチン」に立つ。そんな日常を描いた同作は徳島に続き、22日から全国順次公開される。
(デイリースポーツ/よろず~ニュース・北村 泰介)
