お弁当は質素でも、夏八木さんの男気を体感
先月でしたか、勝新太郎さんを泣かせてしまったお話を語りました。「勝さんの現場はお弁当が素晴らしくいいですよね。この前やった映画は、おにぎり二つとたくわんとか、梅干し弁当にちょっとお魚とか…」。私がそう話し出すと、勝さんは感極まって泣いてしまわれたんですが、今回はそのお弁当の比較対象となった映画についてお話しします。
「宵待草」(1974年公開)です。予算の関係もあって、お弁当は質素そのものでしたが、貴重な経験をさせていただきました。大正時代を舞台に、ハンチングを被ったあの時代の装束で、アナーキスト役の夏八木勲さん、高岡健二さんと、誘拐された政治家令嬢役である私の男女3人が逃避行する不思議な映画でした。
こんなことがありました。高速道路でエンストしたロケバスから私が降りて、衣装の長いマント姿のまま、ビュンビュンと車が走る道の路肩を歩いていたら、夏八木さんが「こら!危ないじゃないか、バス入ってろと」と強く手を引いてくれたことを覚えています。男気のある人でした。
夏八木さんは3年前に亡くなりました。東映の「北陸代理戦争」(77年公開)で私の兄役だった地井武男さんをはじめ、林隆三さん、蟹江敬三さん…と、ここ数年、もう1回、共演させていただきたいなと思う俳優さんが亡くなり、とても残念です。
監督は日活ロマンポルノで数々の傑作を残された神代(くましろ)辰巳さん、愛称“クマさん”。魔術師みたいな監督さんで、夏八木さんは「どんな映画になると思う?俺、分かんないよ」と言いながら、神代ワールドを楽しんでいました。脚本は長谷川和彦さん、愛称“ゴジ”。衝撃的だった映画監督デビュー前のことでした。
「三時の子守歌」という細野晴臣さんの挿入歌も印象的でしたね。眠そうな声で歌われていて、今聞いても新鮮で面白いです。細野さんはまだYMOじゃなくて、ティン・パン・アレーの頃ですよ。クマさんはそんなに音楽通じゃないと思うんですが、なんで細野さんの曲を使ったんだろうって、今でも私の中で謎なんです。
そのロケでの質素なお弁当。神代組で食べた経験が勝さんの涙につながったのかと思うと、縁というものは不思議なものですね。