『おむすび』で描かれる「支えることの難しさ」…制作陣が緒形直人演じる渡辺に託した思いとは
連続テレビ小説『おむすび』(NHK総合)第9週「支えるって何なん?」が放送され、今週は結(橋本環奈)と翔也(佐野勇斗)、そして聖人(北村有起哉)と渡辺(緒形直人)の関係を通じて、支えることの難しさが描かれた。
結は社会人野球チームに所属する翔也を食事メニューで支えようとするが、間違った栄養アドバイスをしてしまう。そんな結に、かつて将来を嘱望される陸上選手だったが、間違った食事管理のために身体を壊してアスリートの道を諦めざるを得なかった沙智(山本舞香)は、支えられる側のことを考えたことがあるのかと問いただす。
また聖人は、震災から12年が経ってもいまだ頑なに心を閉ざして自暴自棄になっている渡辺をなんとかできないかと働きかけるが、そう簡単にはいかない。震災で亡くなった娘・真紀(大島美優)の墓を磨くことだけが生きがいの渡辺は、墓参りに来た歩(仲里依紗)にさえ、お供えの花を突き返して「もうここには来んといてくれ」と言い渡す。
震災後の「心の復興」を描くにあたり、『おむすび』において重要な役割を果たしている渡辺孝雄という人物に託した思いと、演じる緒形直人について、制作統括の宇佐川隆史さんに訊いた。
■ 「普通そこまでやらないよね、で止まってはダメなんだと」
宇佐川さんは、「ご家族や大切な人を亡くされた被災者の方々に取材を続けてきて、その時に感じた思いのひとつを、渡辺に託しました。被災者の方々の『心の復興』というのは、非常に複雑で繊細で、難しい問題です。震災が起こってから来年で30年になりますが、前を向いている方がいる一方で、いまだに忘れられない人ははっきりと忘れられないし、思い出したくない人ははっきりと思い出したくない。そうした方々の気持ちというのは、私たちが簡単に理解できるものではないのだということを、渡辺という人物を通して表現できればと考えました」と語る。
第41回で、渡辺が真紀の墓前で花を突き返して歩を追い返す。このシーンに、作り手のさまざまな思いを託したのだという。
「渡辺の頑な行動について、『普通そこまでやらないよね』という感想も出てくることは覚悟のうえでした。でも、『やらないよね』で止まってはダメなんだと思いました。当事者以外にはとても理解が及ばない、大変な思いをされた方に対して、どう向き合っていけばいいのか。渡辺の人物造形には、これまで取材してきた被災者の方々と私たちの『距離』が、大きく反映されています」と宇佐川さんは語る。
■「こういう人がいるんだ」を実現できる稀有な役者
渡辺役に緒形直人を起用した理由については、「渡辺は物語の第2章にあたる『神戸編』のキーパーソン。彼の『極端』に見えるぐらいの性格を、説得力をもって表現するには、どなたに演じていただくのがいいかと考えたとき、緒形さんの名前がスッと浮かびました」と振りかえる。
さらに、「緒形さんは本当にやさしい方で、だからこその『役への追い込み方』があるんですね。渡辺の頑な拒絶は、ともすれば嘘っぽく見えてしまいそうなところを、緒形さんのお芝居でしっかりと繋ぎ止めていただきました。緒形さんは渡辺という役と、このドラマが伝えたいことに賛同して思いを寄せてくださり、『丁寧にやらせていただきます』っとおっしゃっていました」とコメント。
神戸ことばについても、「一言の台詞に何十回も練習される熱意に圧倒されました。見ていただく方に、『こういう人がいるんだ』と思ってもらわなくてはならい。それを実現できる、稀有な役者さんだと思います」と絶賛した。
次週、第10週「人それそれでよか」では、それぞれに異なる「心の復興」のスピードによって生じる「さくら通り商店街」の人々の葛藤が描かれるという。
宇佐川さんは、「もちろん、渡辺がすべての被災者の方の思いを体現しているわけではないんです。ずっと前を向けない人もいれば、早く前を向きたい人もいて、いつまでも震災の過去に留まっている人に苛立ちを覚える人もいる。一括りに被災者と言っても、いろんな人がいるのだということを、第10週からは描いていきます」と今後の展望を語る。
これまでずっと「簡単ではない人の心」を丁寧に描いてきた『おむすび』の、次なる展開を見守りたい。
取材・文/佐野華英
(Lmaga.jp)