20年前の“因縁の相手”に対し「魂の込もった戦いを」

 サッカー男子五輪代表で手倉森誠監督(48)の傍らでチームを支える秋葉忠宏コーチ(40)は、96年アトランタ五輪にDFとして出場。1次リーグ・ナイジェリア戦ではオウンゴールを献上する悔しさも味わった。因縁とも言える相手との対戦を前に、当時を振り返り、思いを語った。

  ◇  ◇

 あの夏から20年が過ぎた。1996年7月23日、1次リーグ第2戦ナイジェリア戦。0-0の後半27分、負傷したDF田中誠に代わって、背番号15を背負った秋葉氏は五輪のピッチを初めて踏んだ。

 「初戦から出たくてウズウズしていた。『やっと出番が来たか』という心境だった」

 悪夢はその9分後に待っていた。高く上げた最終ラインの裏を突かれ、飛び出したGK川口能活をかわそうと相手が蹴ったボールが全力で駆け戻った秋葉氏の胸に当たり、無人のゴールへと吸い込まれた。終了間際にもオコチャにPKを決められ0-2の敗戦。2日前にブラジルを破る“マイアミの奇跡”を演じていた日本だったが、今大会で金メダルを獲得することになるアフリカの雄に屈した。

 「単純に強かったし、すごく強烈だった。ババンギダの速さには驚いたし、カヌも背負われたら動かなかった。事前に映像を見て覚悟はしていたが、実際にやると、凄みややりづらさを感じた」

 運命は巡り、再び五輪の舞台でナイジェリアと相まみえる。今度は指導者として。前園真聖氏ら当時のアトランタ世代で最初に五輪へと戻って来た。

 「年を取ったんだな(笑)。縁を感じる。一番最初にそういう立場になれたのは誇り。リベンジという思いはない。選手たちが躍動して、魂のこもった、見ている人が納得するような戦いをしてほしい。結果は神様しか分からないので」

 胸に秘める思いは雪辱などではない。「自分の可能性を信じて、力を目いっぱい発揮してほしい」。18人の侍に、日本サッカーの未来を託す。

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