高梨沙羅、後輩・丸山のメダルを跳び上がって祝福「凄く幸せな気持ち」「メダルってそれぐらい力がある」

2本目の飛躍を終え、(左から)伊藤有希、高梨沙羅と抱き合う丸山希(撮影・吉澤敬太)
飛躍を終え、伊藤有希(左)と抱き合う高梨沙羅(撮影・吉澤敬太)
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 「ミラノ・コルティナ五輪・ノルディックスキー・ジャンプ女子個人ノーマルヒル・決勝」(7日、プレダッツォ・ジャンプ競技場)

 4大会連続出場で18年平昌五輪銅メダリストの高梨沙羅(29)=クラレ=は1本目92メートル、2本目96メートルの合計238・9点で13位に終わり、2大会ぶりのメダル獲得ならず。4大会連続の入賞も逃した。

 高梨は1本目で難しい追い風条件の中、飛距離を伸ばせず、首をひねった。挽回を狙った2本目もK点(98メートル)には届かなかった。

 それでも後輩の丸山希が自身以来となるメダルを獲得。伊藤とともに2本目に丸山が100メートルのビッグジャンプをみせた瞬間に跳び上がって喜び、駆け寄り、歓喜の抱擁を交わした。「希ちゃんが銅メダルを取る姿を間近で見る事ができて、凄く幸せな気持ちになれた」と笑顔で語り、メダルを取った人はもちろんですけど、周りもすごく幸せになれるものだと思う。希ちゃんの4年間か、それ以上の時間を一緒にシェアさせてもらって、感じることができて、それを相乗効果に他の選手も目指すところであったり、やっぱりモチベーションが高くなれるものだなって思います。それくらいメダルって力があるものだと思う」と自身の平昌五輪の経験を重ねながら語った。

 自身のジャンプについては「なかなか応援してくださる皆様に楽しんでもらえるようなパフォーマンスはできなかったんですけど、本当にスタートする最後まで応援がきこえて、スタートできた。凄く心強く飛ぶことができた。五輪前から少し調子を落としながらではあったんですけど、その中で自分の最大限のジャンプはできたかなと思ってます」とうなずいた。

 4年前の悪夢に再び立ち向かうために、この舞台に戻ってきた。22年北京五輪混合団体でスーツ規定違反により失格。2回目に巻き返したが、チームは4位。あと一歩で表彰台を逃したことも自責の念を強くさせ、再び泣き崩れた。一時は引退も考えた。それでも翻意し、飛ぶ理由を探しながら競技を続けてきた。女子ジャンプの第一人者は「自分の全てをぶつけたい」と決意をにじませて、この舞台に臨んだ。

 4大会連続となる五輪の舞台はまだ終わらない。10日には前回悪夢を経験した混合団体、15日には今大会から導入されたラージヒルもある。このままでは終われない。

 ◆高梨沙羅(たかなし・さら)1996年10月8日、北海道上川町出身。8歳でスキーを始め、11年コンチネンタルカップで史上最年少優勝を果たした。17歳で日体大に飛び入学。五輪は14年ソチで4位、18年平昌で銅メダルを獲得した。22年北京は個人戦で4位、初実施となった混合団体戦は1回目のジャンプの後、スーツの規定違反と判定されて失格となり、チームは4位。W杯では男女通じて歴代最多の63勝と、女子歴代最多の116度の表彰台。クラレ所属。152センチ。

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