【競馬】名将・角居師が今週で勇退 数々の名言とともに振り返る

 突然の引退発表だった。さかのぼること3年前。『角居厩舎 解散』。18年1月6日付でデイリースポーツが報じた独占スクープに驚いた競馬ファンも多かっただろう。角居勝彦調教師が指揮を執る姿も、残り1週。名将が惜しまれながら競馬界を去る。

 角居師とは何度か食事をさせてもらった。恐らく、スポーツ紙で最も多くその機会に恵まれた記者だった。「内輪で送別会を」。新型コロナウイルスが拡大する前にこう話していたが、実現できないのが残念でならない。

 考え方が斬新で、引きつけられる。食事の席ではさすがにメモできず、心に刺さった名言や語録はトイレでスマホに打ち込んで残したりした。取材や食事会で感銘を受けた言葉をここで紹介したい。

 (1)『諦めなかったからです。被災した人たちも諦めないでほしい』。〈11年、日本馬初となるドバイワールドCを制した直後の現地会見にて〉。東日本大震災直後に行われたとあって、海外メディアも興味津々だった。なぜ、勝てたのか-。その回答が「諦めなかったから」だった。

 それまで、UAEダービーにフラムドパシオン(06年=3着)、シーマクラシックにポップロック(07年=6着)、ルーラーシップ(11年=6着)、デューティフリーにハットトリック(06年=12着)、ウオッカ(08年=4着、09年=7着)、ワールドカップはカネヒキリ(06年=4着)と、積極的にドバイに挑戦してきた。諦めない精神が悲願達成につながった。

 帰国後、ドバイで取材した記者で師を招いて祝勝会を開いた。師の座右の銘は“一生懸命”だという。何事も一生懸命しようと思えば、前向きな姿勢が求められる。どうすれば師のようにポジティブでいられるのか。『後ろを振り返っても仕方がない。明日が今よりも、ちょっと良くなるように、といつも思っています。それを積み重ねてきただけですよ』。日めくりカレンダーの一ページにしたい金言である。

 (2)『もしも、海外のようにオーナーがライダーと契約する形なら、ウチの助手は一億円プレイヤーがいっぱいいますよ』。〈ある食事会で。角居厩舎のスタッフについて〉。こうやって、胸を張って言える。スタッフに自信があるからこその言葉だ。

 後日、詳しく聞いてみた。「1頭のスターホースをつくると、3~5億円は稼ぐわけですから。調教師は野球の監督なんです。スター選手が20勝挙げる、ホームランを50本打つとか。1億円プレイヤーでしょ?その商品価値を監督が認めてあげないといけない。でも、そんなこと言ったら、助手の方が調教師よりも収入が良くなるから。言っちゃいけないかもしれないけど(笑)」。認める=認められる。その関係性は理想の上司像だな…。そんな事を思った。

 (3)『気性の勝った馬がスピードを求められる日本の競馬に向く。激しい気性、難しい気性が競馬ではよりプラスになる。気持ちの強さは競い合うために大事なことです』。〈ルーラーシップのゲート難が激しくなった頃。血統について聞いた時のこと〉。調教はどちらかといえば、ソフト。角居流の極意とは?「調教のスタイルは藤沢和先生のほぼパクリなんですよ。“人間が教えられることなんて大して多くはなくて、人間が馬から教わるから”というのが先生の教え。調教で、スタッフが怖がらずに接してあげることで、馬は走ることが楽しくなったりする。それが厩舎の仕事。調教の役割なんです」。師匠と慕う藤沢和師が、角居厩舎の根だという。そこに葉をつけ、多くの花を咲かせてきた。

 (4)『輸送って悪いことばかりじゃないんですよ。馬運車で揺られることで馬の腸が活性化されることもあるんですから』。〈東京で結果を残し続けるウオッカについてうかがった時だった〉。輸送はマイナス点ばかりと思っていたので、そういう考え方もあるのかと感心したのを覚えている。以前、角居師のすごいと思う点を福永Jに聞いてみた。その一つに「輸送がうまい」という面白い回答があった。

 そんな話も交えながら、角居師に輸送のノウハウを語ってもらった。「今は輸送の中継タイミングを共有しているけど、昔は一歩抜け出たところがありましたね。輸送で差が出るのは海外の輸送でしょう。事前調べに、ひと手間かけるかどうか。技術調教師時代に、アグネスワールド、エアシャカールで、ヨーロッパやアメリカに馬と帯同して得た経験です。当時は今ほど海外馬の遠征が日常ではなかったので。イギリス~フランスを車で行っちゃうし。それも15時間、震えながらとか。日本のように馬運車会社がやってくれないので、1から10まで自分でやらないといけない」。海外G1・5勝を挙げ、国内G1・26勝のうち、遠征の負荷がかかる東京、中山で15勝を挙げたのは“輸送力”に秀でていたからだろう。

 (5)『勝てない未勝利馬を何とか一つ勝たせようと考えている時が、一番調教師としてやりがいがあって、楽しい』。〈引退を発表する少し前に聞いた言葉〉。引退の知らせに、この言葉が真っ先に頭に浮かんだ。オープン馬が多くて、楽しくなくなったのかな?と感じたのだが…。家業の天理教を継ぐと聞き、“楽しくないはずがないよな”と納得した。「クラスが上がると、使うレースも決まってきますからね。勝てない未勝利馬は、工夫や知恵が必要になりますから」。調教師の仕事とは?そんな事を感じさせられる言葉です。

 (6)『角居厩舎としてクラシックを迎えられないのに、最後の年に、オーナーさんが2歳馬(現3歳)を7頭も預けてくれる。いい調教師人生だったな、と思わないはずがない』。〈コロナウイルス発生前の20年1月の新年会にて〉。あと1年と少しですね。未練とか、もっとやりたいな、とか、ありませんか?と聞いた時に、返ってきた言葉だ。名門・角居厩舎の場合、産まれる前や、産まれた直後など、早い段階に預託が決まる。現3歳馬が生まれる前の17年12月末に“緊急のお知らせ”として角居師がお世話になるオーナーに文書を送り、21年2月末の引退を伝えたのはそういった配慮からだった。それでも構わないから預かってほしいというオーナーがいたことをありがたく思うという。

 記者にとって、角居先生は特別な調教師でした。目からウロコとはまさにこのこと。恐らく、鯛1匹分のウロコが落ちたでしょう。勉強して、次はこういうことを聞いてみよう。話せば話すほど、そう思う日々でした。感謝するとともに、教えていただいた言葉を今後の競馬記者人生に役立てられたらと思います。(デイリースポーツ・井上達也)

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