【野球】難病発症、不登校、「0-82」の大敗 わせがく・黒川朝元が最後の夏を終え掲げる目標 兄はロッテでプレー

 「高校野球千葉大会・2回戦、西武台千葉13-0わせがく」(12日、船橋市民球場)

 不登校などさまざまな事情を抱える生徒が多い通信制の「わせがく」は、5回コールドで初戦敗退となった。エースで4番の黒川朝元(あさひ)投手(3年)は制球が定まらず、先発して0/3回を2失点。初回途中から中堅の守備につき、4回途中から再びマウンドへ上がって2/3を2失点で最後の夏を終えた。

 「昂ぶる気持ちが力みにつながってしまいました」。それでも、中堅守備では左翼の定位置までカバーに走るなど懸命に白球を追い、「自分ができることはできました」。打席ではチーム唯一の安打も放った。1年夏には0-82という歴史的大敗を経験。「悔しい思いしかなかった。成長し続けて、良い投手になってやろうと。苦しいことばかりでしたけど、充実した3年間でした」と振り返った。

 野球を通して見つけた夢への道のりは、始まったばかりだ。

 黒川の父・敏行さん(58)は東京学館船橋の監督。兄・凱星さん(20)は、22年に育成ドラフト4位でロッテに入団した内野手と、野球一家に生まれた。だが、小学5年時に「潰瘍性大腸炎」を発症。中1夏には全身麻酔で大腸を検査する手術を受けた。オリックス・安達や中日・田中幹なども発症した国指定の難病で、確たる治療法はない。中学では軟式野球部に籍を置いていたが、治療の関係や、精神面の落ち込みから、学校へはほとんど通えなかった。

 それでも、学法石川でプレーした兄の影響で、わせがくに進学して本格的に野球をプレーするように。現在は自身に合った薬による治療で症状は落ち着き、秘めていた潜在能力が引き出されていった。

 闘病を続けながら、平日は個人でトレーニングに励み、週末にはチームの全体練習に参加。3年間で140キロ近い球を投げられるようになり、敏行さんによると「体脂肪率は7%、ボックスジャンプは1メートル、立ち幅跳びは3メートル」と身体能力の高さも示してきた。

 夢がある。同じ病気と闘う人たちに寄付をするため、プロ野球選手になってお金を稼ぐことだ。「野球は初めて本気で取り組めているもの。野球を通していろんなことを学んで成長できた。悔しさやふがいなさもバネにして、病気の人たちのために、野球を続けたい」と黒川。今はBCリーグのテスト受験などを視野に最善の道を探している。

 「きょうは負けましたけど、病気を思わせないパフォーマンスを見せられたと思う」。雨の中で戦った最後の夏は、夢への最初の一歩でもある。(デイリースポーツ・間宮涼)

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