【野球】巨人・阿部監督が“禁断”の阪神選手FA獲得に動いた理由 大山獲得失敗も「よかった」と語った意味
国内フリーエージェント(FA)権を行使した阪神・大山悠輔内野手(29)が熟考の末に残留を決断した。「世紀の大FAの先駆者になってほしい」と、獲得競争に参戦していた巨人・阿部慎之助監督(45)の思いは実らなかった。長く「禁断」とされてきた巨人-阪神間のFA移籍。巨人一筋の指揮官自ら、重い扉に手を掛けた理由とは。
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移籍か、残留か。巨人、阪神による「世紀の大FA」が決着を迎えた11月30日、阿部監督は残留を決断した大山の背中を押した。「敵同士だけど、野球界を盛り上げていこう」。電話越しに思いを伝え、すがすがしく「よかった」と言った。その言葉は決して敗者の美学ではない。重い歴史を動かす一手だったと感じる。
大山が国内FA権の行使を表明すると、巨人は獲得レースに参戦することを表明。同23日、札幌市内でトークショーを開いた阿部監督は「ウチに来て、世紀の大FAの先駆者になってほしい」と堂々のラブコールを送った。今季は4年ぶりのリーグ優勝を成し遂げた一方、CSファイナルSでDeNAに敗退した。
課題になったのは4番・岡本和の後を打つ5番打者の不在だった。一、三塁の守備力も高く、長打が期待できる阪神の4番は、巨人の補強ポイントに合致。阪神を上回る6年総額24億円超の大型契約も提示した。一方、FA制度の導入以降、阪神から巨人に移籍した例はなく、長くタブー視されてきた。指揮官も「本人が一番懸念しているのは」と推察して続けた。
「阪神から巨人に行くことだと思う。ただ、今は時代が変わってきている。それに移籍が活発になれば、野球界全体に面白みが増すかなと思う」
伝統の一戦と呼ばれるほど、強烈なライバル関係にある両球団。阪神と巨人、一騎打ちの争奪戦は球界全体にインパクトを残した。「選手は給料もらうためにFAという権利を持っている。いい意味でビジネスなんだというのが、日本に浸透したら楽しいと思います」と指揮官。現状を球界全体の変革期と捉え、一石を投じる覚悟があった。
補強における外部の批判は絶えない。だが過日、坂本が「当たり前のことです。ジャイアンツは常に勝たないといけない」とし、「僕もここでずっとレギュラーを張ってきた自負がある」と語ったように、誰より生え抜き選手が、補強の重要性を理解する。現役時代の阿部監督や坂本、岡本和がそうであるように、補強選手を退けライバルに打ち勝った先に、一流選手の道が開ける。
先日のことだ。秋季練習で汗を流す若手選手を眺めながら、阿部監督が目を細めてつぶやく姿が印象的だった。「この時期って大嫌いなんだ」。野球界は別れの季節。監督やコーチ、選手だけではない。勝てなければ球団として責任を負われ、変化を余儀なくされる勝負の世界。そうやって90年の歴史を紡ぎ、常に球界の先頭を走ってきた。
「巨人・大山」に求めたまだ見ぬ可能性。結果的に世紀の大FA補強は失敗に終わった。それでも野球ファンが移籍の賛否を議論し、球界全体で結論を待った日々には熱があった。伝統の継承と革新に見えた球団、そして阿部監督の覚悟。来季、伝統の一戦は新たな盛り上がりを見せそうだ。(デイリースポーツ・田中政行)