初心に返った恩師とのひととき 土日も病院に泊まり込み純粋な気持ちで医学を学んだ

 先日、久しぶりに三井記念病院の時に指導して頂いた恩師である坂本昌義先生にお会いした。「池波正太郎の銀座日記」に本名で登場されている高名な先生だ。ちなみに池波正太郎の本には「坂本先生は男ざかりで病気のほうで逃げてしまうような精悍な人だ」と紹介されている。

 本当にそのままの先生で、70代後半と思えない若さと精悍さを漂わせて、バーのカウンターに座って私を待ってくださっていた。二人きりでお会いするのは初めてで、私は少し緊張していた。

 「先日、サリン(事件、1995年)のときに病院の1階で牛若丸のように飛び回り、患者さんのトリアージをして治療している君の姿をふと思い出してね。会いたくなったんだよ」と仰って頂いたときには、熱いものがこみ上げてきた。

 私が居たころの三井記念病院の外科は、非常に優秀な人が全国から集まっていたように思う。初期研修の4年間で「いわゆる一通りのことができる医師」を育てるのが目標だった。消化器外科を中心に呼吸器外科、循環器外科、麻酔科を回り、厳しい教育を受けた。

 4年終了後には、確かに一通りの知識は得ていて、それ以上に医療への強い責任感も育てて頂いた。この素晴らしい制度を作ったのは坂本先生だったと初めて聞いて驚いた。まだ医師6年目くらいの時だそうだ。

 「1日16時間働く、その代わり2週間の夏休みを与える」というのが三井の外科にはあった。正直、16時間では終わらず、20時間以上仕事することも。さらに土日も病院に泊まり込みの日々だった。しかし、坂本先生のような温かい諸先輩に恵まれ、なんとか三井を卒業できた。

 当時は本当に純粋な気持ちで医学を学んだ。知識、経験以外は何も必要なかった。初心を思い出して、自分を省みることができたひとときだった。

 ◇谷光利昭(たにみつ・としあき)兵庫県伊丹市・たにみつ内科院長。デイリースポーツHPで「町医者の独り言」を連載中。

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