「黒ひげ危機一発」が「飛び出したら勝ち」に そういえば人生ゲームも… “誰も傷つかないゲーム”に思うこと
人気パーティーゲーム「黒ひげ危機一発」が発売50周年を記念して、ルールを変えるというネット記事を読みました。これまでの樽の中の海賊人形が「飛び出したら負け」から、「勝ち」に。1970年発売時の初代ルールへの原点回帰なんだそうです。
拘束されていた黒ひげが脱出できたということで、本来は飛び出させた人が勝ちだったのですが、バラエティー番組などで罰ゲーム的に使われるようになってから、メーカー側が「勝つか負けるか、始める前にあらかじめ決めてください」と但し書きをつけるようになったとか。
その後、「飛び出したら負け」ルールに変わってからの今回の原点回帰。時代の流れというか、誰も傷つけないゲーム、誰も傷つかないゲームということなのでしょうね。
ただ、傷ついても「立ち上がる力」を養うことも必要なのではないかと思うのは、私だけでしょうか。この前、家に遊びに来た友だちの子ども、小学生なんですけど、彼氏とか全然いらない、興味ないって言うんですよ。2次元の子の方がカッコいいって。これから大きくなっていろいろなことに直面するのに、そういうバーチャルでやっていていいのかなって、ちょっと心配になりました。
そのくせ、「今の人」が人に優しいかといったらそうでもない。例えばどこかの市長さんですけど、卒業してないから卒業証書は絶対ない。それなのに「出せ」「出せ」って。この人は100悪いから叩いていいいという風潮。「窮鼠猫を噛む」ではありませんが、謝らせるためには謝れるように持っていくことも大事なのではないでしょうか。正しいものが100正しいかといったら99で、あと1つはまちがいを犯した相手が人生で立ち直れるような「余白」みたいな部分を持つ事も、時として必要ではないかなと思うのです(まぁこれはその犯罪の程度によりますが)。
例えば誰かが物を壊した時、落とした人間が100悪いのかもしれませんが、そこに置いてしまった人にもちょっと気を使いますよね。これは猫を飼うようになってから思えるようになりました。相方のモモコがよく私のことを「猫を飼い始めて人間になった」と言いますが、ほんとそうかもしれません(笑)
猫がちょちょっと手を出して、何かを落としたとしてもそんな所に置いておいた私も悪い。。出かける直前にウ〇〇をされたーワー!!と思うのではなく、もう少し早い時間にご飯をあげておけば良かった。猫が100悪いわけじゃない、そういうふうに思えます。それを人間に適用するといったらおかしい話ですけど(笑)
またゲームの話になりますが私、人生ゲームというロングセラーのボードゲームで「決算日」に「子どもを売った」記憶があるんですよ。持ってる家とか株とか全部売る時に、3万ドルぐらいで。まわりに聞いてみると、若い子は売ったことなんてないと言うのですが、私世代は確かに売ったと。売ったけど車に乗せたままだから、実際には売ってない。今のルールではそれ、「児童手当」って言うらしいんです。
そういうアナログなボードゲームにも今のダイバーシティとかジェンダーフリーと言われるようなものが入っていると思うと、そのゲームが長生きしていることがうれしくもあり、変わっていくことが悲しくもあり…。





