J1広島・青山、苦悩の末にたどりついた“広島のサッカー”
J1広島は負けなくなった。8試合連続不敗、勝点48で7位に浮上。11月28日の札幌戦(Eスタ)では2点差を追いついた。どんな時でも諦めない粘りと反発力がチームに芽生えてきたと言っていい。
「やっと自分たちのサッカーが、どんな相手に対してもできるようになってきた」
昨年の大ケガから完全復活を果たしたMF青山敏弘も、今の広島が表現しているサッカーに自信を持つ。ただ、今季のチームが目指す方向性に対し、最初から絶対的なものを感じていたわけではない。むしろ、「あまり、うまくいっていないな」と実感していた。
今季の広島は、3度の優勝を果たした時とは考え方が違う。
2006年にミハイロ・ペトロビッチ監督(現札幌)が就任して以降、広島は自陣でボールを保持し、相手を前に来させて裏にスペースをつくる「疑似カウンター」で勝利をつかんできた。しかし今季、城福浩監督が提示したのは、前からボールを追いかけ相手陣内でプレーするやり方。ゲームの主導権を握るという点では変わらないが、方法論が違う。
「監督が言われていることは理解できる。でも、果たして自分たちにできるのだろうか」
やろうとしているサッカーに向けての正解が見えない。下位チームには勝てるが上位との対戦ではうまくいかない状況も、青山の苦しみに拍車をかけた。
その悩みを払拭(ふっしょく)させたのが永井龍の存在だった。10月3日の鳥栖戦。1トップに入った永井の覚悟を決めたスプリントをスイッチにして押しこみ、相手に何もさせない。自身も2年ぶりのゴールを決めて3-0で勝利したこの試合の内容が、青山の目を開かせた。
「これが目指すべき世界。広島のサッカーはこういうことなんだ」
名古屋、横浜M、C大阪。強豪を相手にも勝てるようになった広島のサッカー。その中心には自分たち行くべき道を信じ、「再び、Jリーグのトップに立ちたい」と野望を見せる偉大なボランチ・青山敏弘が、存在する。(紫熊倶楽部・中野和也)
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青山敏弘(あおやま・としひろ)1986年2月22日生まれ。岡山県出身。ポジションはMF。作陽高を経て04年に広島入団。12年にJ1優勝に貢献し、ベストイレブンに選出。日本代表は13年7月の東アジア杯で初選出され、14年ブラジルW杯にも出場。J通算386試合出場19得点(12月4日現在)。日本代表は国際Aマッチ12試合出場1得点。174センチ、73キロ。