【ドラフト選手特集・谷端将伍(中)】自信のなさを埋めた「執念」 星稜中&星稜高で朝から夜まで野球漬け
10月のドラフト会議で、阪神から指名を受けた7選手(1~5位・育成1、2位)の連載をお届けする。今回はドラフト2位の谷端将伍内野手(21)=日大。練習に明け暮れた星稜中、星稜高時代を振り返る。
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星稜中では猛練習の日々を過ごした。谷端は「頑張る力というか周りがやれる人が多い。目立たない中、努力して頑張れた」と当時を振り返る。星稜中に進んだ理由は2学年上に同じ少年野球チームから星稜中高に進んだ2人の先輩がいたこと。のちに2人は2019年夏の甲子園で準優勝を果たし、谷端もその姿を見て刺激に変えた。
父・時宗さんは進路について一切反対しなかった。「まず本当に厳しい学校なので、覚悟があるなら受験しなさいと。学力がないと落ちるから落ちたらしょうがないと思っていた」。星稜中に進むことを決めたのは、小6の11月のこと。1月の受験までは2カ月弱しか時間がなかったが、何とかやり抜いた。「学校が終わってから妻と2人で勉強してましたね」。母・正美さんの助けも借り、星稜中に合格した。野球だけでなく勉強も妥協しない性格だった。
中学生の頃から谷端を見てきた星稜高の山下智茂名誉監督は「泥くさく野球をやるタイプ」と評する。休日には約11時間の練習で汗を流すこともあった。全体練習後には誰よりも長い時間グラウンドに残って素振りをした。「朝から夜まで全体練習をして素振りをしてって感じです」と谷端。決して鳴り物入りでの入部ではなかった。それでも自他共に認める努力で徐々に頭角を現した。
好きな言葉は「執念」だ。「どうしてもどんな状況であっても強く自分らしく。中学までは結構自信がなかったので(執念を)意識しました」。3年夏には軟式野球で全国8強に輝き、戦力にもなった。そして星稜高に内部進学し、硬式野球の道に進んだ。
高校でも練習への熱量は変わらない。谷端の在籍時は部長だった星稜高の山下智将監督は「口数が多くなく、黙々と練習していた。背中で引っ張っていくタイプ」と振り返る。特に谷端の学年は練習への熱量が高い選手が多く、切磋琢磨(せっさたくま)して競い合っていた。
2年時の秋季大会から背番号「5」を着用し、レギュラーで出場。3年時のセンバツ出場はかなわなかったが、夏に向けて気持ちを切り替えて練習した。しかし、大きな挫折が待ち受けていた。
◆谷端 将伍(たにはた・しょうご)2004年3月17日生まれ、21歳。石川県出身。178センチ、80キロ。右投げ右打ち。内野手。星稜、日大を経て25年度ドラフト2位で阪神から指名。東明小1年から松任ブルーウイングスで野球を始め、星稜中では軟式野球部に所属。星稜では2年秋からベンチ入り。日大では1年春にデビューし、3年時は春秋連続で首位打者。好きな芸能人はダイアン・津田。
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