今年２月にデイリースポーツ代表取締役社長を退任した改発博明特別顧問が週１回、ネットを中心にコラム「帰ってきたとらのしっぽ」を執筆する。改発顧問は、１９８５年の阪神日本一をトラ番として、２００７、０８年は連載担当として第一次岡田政権の阪神を密着取材。１８年ぶりのアレに向かう阪神を「帰ってきたとらのしっぽ」で迫る。

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　胸のざわつきが、おさまらない。

　ＷＢＣ。目の前にデイリースポーツ発行の「２０２３年ＷＢＣ優勝特集号」がある。コンビニで買った。つい先日までは、秘書が社長室に届けてくれた。今は自分で買いに行く。５５０円。多くの読者に買ってもらっている。

　表紙で大谷翔平が雄たけびを上げている。いい顔だ。自然に出た表情であることは、誰にでも分かる。ダルビッシュ有も、その後方で大きな口を開いて、叫んでいる。何度見ても、胸が騒ぎ始める。

　２０２３年、２月２４日にデイリースポーツ社長の役職を降りた。社の内規に従ったものだ。１９８０年に入社してから、４３年間、デイリーでお世話になった。最後の７年間は、代表取締役社長の役に付いた。４３年間に悔いは一切ない。デイリーの特別顧問になったが、サラリーマン生活にはピリオドを打った。

　デイリーの外勤記者として、最初に名刺を渡したのがジャイアント馬場さんだった。

　「おうデイリーか、かいはつくんとは珍しい名前だなあ。日本テレビの社長に言っておくから、珍名さんのコーナーに出なさい」

　１９８０年当時、日本テレビにそんな番組があった。生で見る馬場さんは大きかった。２メートル９センチ。１６文。大阪府立体育会館の控室で、どっかとソファに腰かけ、指と同じくらい太い葉巻をくゆらせていた。直後に「ヘーイ、ババさーん」とテリー・ファンクが陽気な声で、皆に握手を求めた。後ろでドリー・ファンク・ジュニアが笑っている。なぜか私も握手した。

　２０２２年１１月。社長として最後に名刺を渡したのが、阪神タイガースの湯浅京己投手だ。神戸・ハーバーランドにあるデイリー本社の応接室で会った。「猛虎感動大賞」の表彰で来社した。そのときはＷＢＣの一員として、マウンドに上がるとは分からなかった。湯浅の印象を一言で表すなら「ピュア、透明」である。どんな質問にも、こちらの目を見て一生懸命に答えてくれた。故障などで苦労した。いまは野球をやれること、マウンドで投げなれることに素直な言葉で感謝を表した。

　馬場さんから湯浅投手まで。何人に名刺を渡したことだろう。４３年間、あらゆるスポーツシーンを見て来た。だが今回のＷＢＣはそのすべての経験にはないものだった。異次元の驚きと感動と、奇跡的なチームとスタッフ、さらに家族の皆さんのキャラクターまで含めて、文字通り夢を見ていたような気がする。

　「どこの惑星から来たんだ？」と聞かれた大谷は「日本の田舎町です。野球のチームもないようなところです」と答えた。胸が震える理由は、グラウンドの外にもある。

　阪神・岡田彰布監督には、早くからデイリーでの異動を伝えていた。「ええやん。しばらくゆっくりしたらええやんか」と言ってくれた。

　同じ１９５７年生まれ。わたしが１月で岡田監督は１１月だから、学年は岡田監督が一つ下になる。６６歳と６５歳。岡田監督の同級生や周りの人たちも、仕事の第一線を退き始めている。だから岡田監督からすれば、私の報告にも驚きはない。

　そんな年齢で岡田監督は、新たなチャレンジをする。

　「ことし、優勝やな。今年やで、チャンスは」

　沖縄キャンプで会食したとき、私はそう声をかけた。

　「キャンプで最初のボール回しを見たとき、優勝を確信した。シートノックが終わったら、観客から拍手が起こったやん。去年までとほとんどメンバーは変わってないのに、雰囲気は全然違う。へらへらした選手は一人もいない。緊張感と一体感、戦う姿勢と集中力、岡田監督の存在が、すべてを変えた。ことし優勝する。アレは今季のことやろ」

　「そやろ。そうやん。そんなん見たら分かることやんか」

　岡田監督は何度もうなずいた。

　阪神タイガースは今季、アレをします。わたしが断言します。しなかったらこの連載はその瞬間に、止めます。岡田監督とも約束しました。

　「帰ってきたとらのしっぽ。アレせんかったら、その瞬間に止めるで」

　岡田監督の返事は「ええやん。それで」。ＷＢＣと阪神タイガースは全くの別物かもしれない。しかし共通点が一つある。野球が奇跡を生み出す。次は阪神タイガースだ。

（デイリースポーツ特別顧問・改発博明）

　◇改発博明（かいはつ・ひろあき）デイリースポーツ特別顧問。１９５７年生まれ、兵庫県出身。８０年にデイリースポーツに入社し、８５年の阪神日本一をトラ番として取材。報道部長、編集局長を経て２０１６年から株式会社デイリースポーツ代表取締役社長を務め、今年２月に退任した。