不思議な新庄 安芸で「男は顔じゃないですよ」名護では「阪神のことあまり好きじゃないんです」【11】

 阪神のベンチに向かって右手を挙げる姿は、テレビ中継でも分かった。日本ハム・新庄剛志監督。「ありがとうございました」と頭を下げているように見えた。3試合を終えて「楽しかった」と答えている。

 日本ハムの監督になった直後、名護のキャンプを訪ねた。ブルペンを出たところで、私と顔が合った。「ああ、覚えています」。「安芸で2人で…」と私が言うと「そうそう」としばらく立ち話をした。

 デイリースポーツの評論家だった岡田彰布監督とは、前日まで一緒だった。「新庄監督の顔見て来るわ」と伝えると「よろしく言うといて」と言われたので、そのまま新庄監督に伝言した。「ええっ、ほんまですか?ぼく、岡田さん大好きなんです。ネットでいつも解説をチェックしています。おもしろいですね」と目を輝かせた。

 安芸で新庄と2人だけで話したのは、1994年の秋季キャンプだった。帰りの車を更衣室で待っていた。わたしは言った。「新庄くんよ、きみの顔におれのしゃべりがあったら怖いもんなしやなあ」。二十歳を過ぎたばかりの新庄はまだ、今のようなしゃべりはできなかった。

 「いや、男は顔じゃないですよ」と新庄が真顔で言った。脱いだアンダーシャツ。裸の上半身はまるで鍛えられたボクサーのように、細身だがバキバキのたくましさが表れていた。不思議な会話だからはっきり覚えている。新庄は目の前に山積みされていた菓子パンを、黒いスポーツバッグに詰め込んだ。クリームパン、アンパン、メロンパン…。

 「えっ、何してんの」。「ぼく、ご飯は食べないんです。ずっとパンしか食べないから、こうして持って帰るんです」。2023年開幕前のバラエティー番組で、新庄監督は「40年間、菓子パンだけを主食にしている」と言って周りを笑わせた。本当だ。でもなぜ菓子パンであの体ができるのか。

 それからわずか1年後、突然「野球を辞める」と言い出した。理由は「センスがないから」。いまの選手で言えば佐藤輝が「辞める」と言っているようなもの。センスがないという理由はおかしい。記者会見で「それで悔いはないのか」と、わたしが聞き返すシーンを何度も見た。

 名護の新庄監督と、そんな雑談をした。最後に「野球を盛り上げるのはええことや。阪神もよろしく頼むで」と言って、切り上げようとした。「いや、待ってください」とわたしを引き留めた。「ぼくは阪神のこと、あまり好きじゃないんです」。なぜかわざわざ、新庄監督ははっきりとそう言った。

 男は顔やしゃべりじゃない、菓子パンで鍛えた肉体、センスがないから野球を辞めて実家の造園業を手伝う、岡田さんが好き、阪神は好きじゃない、だけど阪神に育ててもらった、感謝している、ありがとうございました。すべて本当のことだ。新庄と阪神の不思議な関係。だれよりも意識しているのは新庄自身だ。

 辞めると言った理由はいくつかある。はっきり言えるのは当時の阪神は、すべてが一つになっていなかったということだ。「優勝」するための条件は実力、運、そして気持ちである。気持ちがばらばらであったことは間違いない。

 85年。「ウイニングボールを中埜社長の霊前に届ける」-。涙の誓いが心を一つにした。10月16日。一塁手の渡真利はウイニングボールを右の後ろポケットに入れた。ユニホームのおしりを押さえながら、マウンドに駆け出した。

 選手全員がサインして後日、中埜社長の霊前に届けられた。吉田監督と選手会長の岡田が遺影に手を合わせた。

 「約束を果たせました。安らかにお眠りください」

 阪神タイガースを史上初めての日本一につなげるウイニングボールは今、甲子園球場の歴史博物館に置かれている。(特別顧問・改発博明)

 ◇改発 博明(かいはつ・ひろあき)デイリースポーツ特別顧問。1957年生まれ、兵庫県出身。80年にデイリースポーツに入社し、85年の阪神日本一をトラ番として取材。報道部長、編集局長を経て2016年から株式会社デイリースポーツ代表取締役社長を務め、今年2月に退任した。

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