守備で信用されれば…
【2月8日】
きのうは北條史也について書いた。もう一度ショートのレギュラーを取り返すつもりで頑張ってほしい。激励を込め、そんなふうにPCのキーを叩いた。そして、きょうは木浪聖也を書こうと思う。
朝8時半に宜野座に着き、早出特守に備えた。昨年までと何が違うって、練習開始と同時に客席の最前列に座ること。近くで見たものを伝えるべく、例年ならファンの特等席でグラウンドにかじりつく。木浪と北條が定位置につくと藤本敦士のノックが始まった。
「吉田さん、木浪選手のファンの方から、お電話ありましたよ」
昨季終盤、デイリースポーツ総務部の女性から教えてもらった。
吉田記者は北條選手びいきなんですか?記事は公平に書いてもらえませんか-。
聞けば、そんな内容だったという。声色は若い女性っぽく、木浪を応援することが「生き甲斐」だと仰っていたという。
確かに、僕はよく北條へのエールを当欄で綴る。本心を書くまでだけど、ライバル選手を推すファンの中には「もっとフラットに」と感じる方もいるということだ。
だけど、それを言うなら実は北條ファンの方からも2年前に〈抗議〉を受けたことがある。
あれは矢野政権初年度の19年キャンプ。僕は早々とショートのレギュラー争いに触れ、「新人の木浪が開幕スタメンを獲る」と予言した。すると、「何を書いてんの?」と、お叱りのお電話が…。
あのとき、木浪は僕の記事を正当化するかのように3月に打ちまくり、オープン戦で12球団トップの22安打。前年(18年)ショートスタメン50試合だった北條、そして「もう一度、ショートで勝負したい」と矢野燿大に申し出た鳥谷敬らライバルに「結果」で差をつけ、開幕ショートを手中にした。
結局19年は木浪がショートスタメン88試合とチーム最多で、北條が同37試合、鳥谷が同8試合(ちなみにソラーテが同3試合)…阪神のショートが「木浪時代」へ移ったシーズンになったわけだ。
あの年の宜野座キャンプ、僕はとにかく木浪の巧みなバットコントロールに魅せられ、「これはもしかすると、もしかする」と、たまにしか利かない鼻がクンクン…キーを叩く指が、打撃主導で「木浪開幕スタメン」へ動いた。
昨季も開幕ショートを担った木浪だけど、スタメンは84試合。残り36試合を小幡竜平(26試合)、北條(9試合)、熊谷敬宥(1試合)に譲った形である。本人はもちろん全試合スタメンを目標にするだろうし、もっといえば、この先その座を不動にしたいはずだ。
「打球に入るスピードが新人時代からはるかに変わった。守備で信用されれば(まず)5年はレギュラー張れる。俺でも260~270台の打率を残せた。木浪は間違いなく俺より打撃は上だしね」
90年代に一時代を築いた久慈照嘉は言う。コーチはフラットに見る。当欄はフラットに書く。レギュラーにふさわしいのは誰か。ひとまず、きょうスタメンの木浪、その進化を見たい。=敬称略=