名参謀とグータッチ

 【10月31日】

 平野佳寿がフォークボールで大山悠輔を空振り三振に斬ると、三塁ベンチで中嶋聡は両拳を突き上げた。そして、ヘッドコーチ水本勝己とエアでグータッチ。息詰まる接戦を制し、破顔した。

 シーズン中はあまり意識して見なかったけれど、オリックスベンチはグータッチが盛んである。試合前もベンチ内で、選手、監督、コーチがグータッチをして士気を高めているように見える。

 「準備の意識づけよ」

 水本に聞けば、そんなふうに語っていた。

 普段通りの準備が効かない大舞台。それが日本シリーズである。そういう意味では、この夜の最終回、痺(しび)れる戦況で普段通り素晴らしいフォークボールを投げきった平野には「天晴れ」というしかない。

 第1戦=0-1。第2戦=3-0。第3戦=1-0。このスコアは両軍のエラーの数だ。上の数字が阪神で、下がオリックス。つまり、今シリーズは3試合とも0失策のチームが勝っている。当然といえば当然かもしれないが、緊迫のゲームを「0」で終える難しさをあらためて思う。

 「おう。風、おったんか?」

 試合前、水本がこちらへ寄ってきて言った。

 ずっとオリックスの練習を見てましたよ-。そう返すと、水本はグーを差し出した。

 旧知の水本と試合前の挨拶である。互いに右拳でグータッチをしたのだけど、こちらは最初パーを出してから、グーにした。

 ミズさん、きょうはもらいましたよ…とは伝えなかったけれど、こんなところで勝手に岡田彰布理論を持ち出してみた。

 「タッチするのに、グーとかパーが入り乱れているから、阪神はパーにしよう。グーよりパーのほうが強いからな。ハイタッチはパー。これ、決めとこ」

 岡田は今シーズン開幕戦のミーティングでこんな訓示をした。以来、阪神ベンチではパータッチが主流になり、ヒットや四球で出塁した際にも、昨年までグーを差し出していた一塁コーチャー筒井壮はパーで祝福するようになった。

 それはそうと、僕は水本をちょっと持ち上げてみた。

 「オリックス、強いですね…」

 ところが、さすがは中嶋聡の懐刀。乗ってこない…どころか、ガチでスルーされてしまった。

 「で、新井はどうしとるん?」

 広島カープ監督の新井貴浩と水本は懇意の仲。僕に聞かれても…って思いながら、「CSファイナル、カープ、強かったですよ」なんて気の利いた返事もできず…。

 水本がカープに所属していた時代、若き新井の練習パートナーを務めていたことは、広島界隈では今も語りぐさになっている。毎日毎日、後輩の準備に寄り添った水本のお陰で新井は一流に。これは紛れもない事実。だから…なのかオリックスで中嶋の参謀になった今も「準備」「準備」と語る。

 しかしグーには負けたくない。きょうはEに0を灯して一塁ベンチのパーを見たい。=敬称略=

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