無駄じゃなかった証明

 【11月2日】

 ヒロド歩美アナウンサーに久々に会った。「お久しぶりです。ご無沙汰しています」。タイガースのクラブハウスへ続く通路で彼女の元気な声を聞けば、数年前が懐かしくなった。

 「あ、風さん!元気ですか?」

 朝日放送で解説を務めた福留孝介からも挨拶してもらった。思えば、ヒロドアナが駆け出しの頃、この通路で主砲福留を待って共に取材したものだ。この夜「報道ステーション」のキャスターとして取材に来ていたヒロドアナだけど今や押しも押されもせぬ全国区。技術はもちろん、お茶の間に愛される笑顔で売れっ子アナに出世したわけだが、快活な挨拶や礼節は何年たっても変わらない。本人は意識していないだろうけど、これも彼女のストロングだ。

 プロで生き残る術とは…。ヒロドアナと一緒に聞いたかどうか…そこはちょっと記憶が定かじゃないけれど、福留にそんなテーマで取材したことがあった。

 「自分の強みを知らない選手が多いんですよ。まず、そこを知ること。そして、そこを誰にも負けないように磨き続けること」

 そんな福留の言葉を思い起こしながら、阪神が逆転で日本一に王手をかけたゲームを思う。

 自分の強みを思い出せ-。心の叫びが聞こえてきそうな魂の13球だった。湯浅京己である。

 ヒーローインタビューで「ただいま」と叫んだ彼を眺めながら、こっちは鼻がつんとなった。

 もう、あの取材を活かせる日はこないか…諦めかけていたらこれ以上ない舞台で書ける日がきた。

 前夜、1球でピンチを凌ぎ、サヨナラを呼び込んだ湯浅だが、これが実に6月15日以来のマウンドになった。忘れ難いオリックス戦…あのゲーム、湯浅は1イニング2被弾で翌日出場登録を抹消された。抹消は今季2度目。あの日僕は湯浅と話をするために鳴尾浜へ向かった。

 初めてサシで話をした。

 故障が癒えず、イメージと体が一致しない辛さをずっと抱えて投げていたのは、やはりしんどかった?5月に一度抹消されて鳴尾浜で投げている時、「一軍のマウンドでアドレナリンが出ればパフォーマンスも違ってくる」と言っていたけど、アドレナリンが出ても自分のイメージに体がついてこなかった?そんなふうに聞いた。

 「ボールが指にかからないというか…。いい感覚で投げられているボールが本当に少なかったんです。自分の中では怖くないと思っていたのが、頭の中で勝手に…。そうなった(最初抹消になった)ときの感覚とか、体が覚えていて…体が勝手にセーブしているようで、思うように投げたくても投げられなかった。どうしたらいいのか、ずっと考えてしまって…その悪循環を感じていました」

 あのとき湯浅は言った。

 「この時間は絶対無駄じゃないと思っているので…」

 その通り。無駄じゃなかった。さあ、あとひとつ。湯浅が大出世したストロングを存分に見せてもらいたい。=敬称略=

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