全力を泥くさく出そうと
【11月15日】
鬼才が「泥くさく」やれば、それは無双になりうる。高山俊の第4打席。四球を選ぶと、変化球を読んでスタートを切った。二盗成功。足の運びを見れば、地道に走り込んできたことが分かる。
プロ野球12球団の合同トライアウトが日本ハムのファーム施設、鎌ケ谷スタジアムで行われ、高山が縦じまのユニホーム姿で参加した。結果は、7打席、5打数2安打2四球。参加したすべての打者を見させてもらったけれど、ひいき目なしに別格に映った。それだけに、今更だけど、つくづくこの世界の厳しさを思う。
初年度からレギュラーを獲り、オールスターに出場し、シーズン通算安打の球団新人記録を塗り替え、新人王にも輝いた男が、あれから8年でチーム構想を外れる。限られたポジションの枠をライバルと競い合い、はじき出されれば居場所は保障されない。分かっていることだけど、こんな天才でも一度狂った歯車を再び軌道に乗せることは難しかったか…いや、そんな僕の臆測はどうだっていい。 変な書き方だけど、うれしかった。もう一度、非凡なバッティングを見られたこともそうだし、天才ががむしゃらに駆け回っている姿も胸アツで…。
「挑む前から結果どうこうよりも、結果はついてくるものですけど、自分の持っている全力を泥くさく出そうと思っていたので、そこを出せたのは良かったかなと思います」
全打席を終えた背番号9はそう語っていた。
曇天の鎌ケ谷に高山のヒッティングマーチが響く。熱烈なファンが、トランペット無しでも、グラウンドへエールを届けていた。
がんばれ…。
7打席とも僕も願った。
願ったといえば、抽選で高山を獲ったドラフトもそうだった。
僕が初めて彼を見たのは神宮球場である。胸にmeijiのユニホーム姿。彼を天才と呼ばずして誰をそう呼ぶ?当時の東京六大学でそれくらい秀でた存在だった。ボールをたたけば、ヒットゾーンへ。窮屈そうでも、形を崩されても、おもしろいように。当時は、よほど「日ごろの行い」が良いんだろうか…なんて、思ったりもしたものだけど、あの天才が阪神へ来るとは、またこれも良縁や!と勝手に小躍りしたものだ。
高山が阪神で輝いていた頃、ある料理店でばったり会ったことがある。僕はMLB球団のスカウトとテーブルを囲んでいたのだが、双方とも顔見知りだったようで、互いに会釈を交わしていた。
「タイガースは最高の選手を獲りましたよね」
あの時、同スカウトはそんな話をしていた。「最高の」…このシンプルな形容が嬉しくなってビールが進んだことを覚えている。
「プロに入って、『こいつ天才だな』と思ったのは高山だけ」
先日、鳥谷敬はABCテレビ公式チャンネルでそう語っていた。
「泥くさい天才」の再起を必ずどこかでまた見られると信じて、その時を待ちたい。=敬称略=
関連ニュース





