松山で懐かしむ田上ノート
【4月15日】
松山市駅から伊予鉄バスで南へ40分ほど揺られると、そこに城下町らしい風情はなかった。西野のバス停で下車してさらに歩いて20分いけば、長閑な田園風景の中に野球場が見えてくる。
「お待ちしてました。きょうは寒いので気をつけてくださいね」
朝9時過ぎ、愛媛銀行恵原グラウンドで出迎えてくれたのは田上健一である。虎党にとっては懐かしい名前に違いない。09年秋のドラフトで阪神に育成入団し、翌年3月に早々と支配下登録を勝ち取ったスピードスター。あの田上が今年から四国アイランドリーグplusの愛媛マンダリンパイレーツで野手コーチを担っている。せっかく6年ぶりに松山に来たのだから鯛飯でも食ってロープウエーで松山城へ…いや、今回は市街地から遠く離れた荏原(えばら)城跡の近傍で汗を流す独立リーガーを見たくなった。寒の戻りが激しく坊っちゃんゆかりの城下町も冷え込んだこの日、朝の恵原地域には雹(ひょう)が吹き荒れ、愛媛ナインが一時ベンチへ避難する一幕もあった。
「NPBでやれる力のある選手がいますから見ていってください」
田上の言う通り、潜在性の素晴らしい選手が愛媛に何人かいるので今秋を楽しみに待ちたい。
さて、夜は坊っちゃんスタジアムへ移動し、ヤクルト対阪神戦を観戦した田上だったが、その目はただ古巣を懐かしむ目ではなかった。阪神の打者が出塁すれば奥川恭伸の癖を見やる。いける…胸中で様々呟きながら(?)熱戦を食い入るように見つめていた。
阪神の勝因を探れば、才木浩人の快投は言うまでもないが、攻撃面では奥川をKOした「足」を見逃せない。欲しかった六回の追加点は、1死一塁の戦況で一塁走者の森下翔太がいわゆる偽走を執拗に連発。奥川に牽制球を何度も投げさせ、直球中心になった配球を佐藤輝明が仕留めたかっこうだ。
序盤のジャブも効いた。二回にヒットで出塁した梅野隆太郎は奥川の癖を読み切ったようにスタートを切り、盗塁成功。ヤクルトバッテリーに「気持ちの悪い」印象を植え付けていた。
足といえば、阪神時代の田上をよく取材した。走塁のスペシャリストとして当時は「代走田上」のコールに胸が躍ったものだが、彼の準備力は無類だった。僕が勝手に名付けた「田上ノート」にはセ・パ11球団の投手分析が事細かに記されていたが、これが傑作。例えば田上が代走で出るタイミングで相手ベンチが投手交代を告げることもある。誰が登板しようが瞬時にその投手の頁を開けられるように「田上ノート」には全投手の名前が記されたシールが貼ってあった。「この投手の癖はどこに書いたかな…」なんて悠長なことでは即座に準備できないからだ。
愛媛の昨季のチーム盗塁数は68試合で64個だった。1試合平均1盗塁できなかったが、今季は開幕から3試合で既に10盗塁。早くも「田上効果」が表れている。田上はときに徹夜で相手チームの映像を完璧に編集し、選手に還元する。走るぞ…敵陣にそう思わせるだけで勝機は増すのだ。=敬称略=
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