ムーアの大暴投を懐かしむ
【10月28日】
なんでもない遊ゴロをさばいた小幡竜平が一塁へワンバンを放った。初回の守りだ。これぞ日本シリーズ…そう感じさせるワンシーンを見れば、22年前の第3戦、その初回を思い出す。
「内弁慶シリーズ」と評された03年の日本シリーズを取材した現場記者も少なくなった。あの虎鷹の頂上決戦は阪神が福岡で連敗して地元へ帰ってきた。もう負けられない。そんな殺伐とした雰囲気の中、火曜日のゲームが雨で流れ、水曜日に第3戦が行われたわけだけど、スライドで先発したT・ムーアがダイエー打線に向かった初回の第1球…あの大暴投は忘れられない。
プレーボール直後、先頭打者の柴原洋の背中、いや、後頭部を通すような投球がバックネットまで達した。甲子園のスタンドはどよめき、三塁ベンチのホークスナインはみんな立ち上がってマウンドに怒声を飛ばした。ここに書けないような指先のポーズをムーアに向け、激高していた選手がいたことをはっきり覚えている。
当然そうなる。同じ事をやられたら阪神ベンチも同じようなリアクションを取ったに違いない。
ムーアはなぜ初球にそんなおかしな球を放ったのか…。連敗でホームへ帰ってきたチーム、そして自らの気持ちを落ち着かせるために意図的にあのボールを投げた。僕はそう感じた。
いやいや、あのムーアの暴投と小幡の送球を一緒にするなよって怒られるか。ふだんの小幡ならあの遊ゴロであの送球をしないし、まして意図的であるはずがない。でも…。
ファーストプレーで指先が言うことをきかない緊張感がこちらにも伝わってきたわけだけど、これを大山悠輔がしっかりカバーしたことで、○●で敵地から帰ってきたフィールドプレーヤーがみんな落ち着いた気がする。チーム一の堅守でさえ、あんなふうに乱れる。ああいうことが起これば、小幡本人も、それを見た他の野手も地に足がつく…僕の勝手な想像だけど、緊迫のゲームはそういうフシがあると思う。
2失策のホークスに無失策の阪神は敗れた。再三の同点機を逸し、これで○●●。黒星が先行した。それでも指揮官の藤川球児は試合後の会見で「勝ちがこちらに向くように精いっぱいやるだけ」と語った。この言葉の意味を噛みしめれば、本領のディフェンスで阪神は「勝ちが向く」戦いをしたのだから、それを前向きな要素として第4戦へ向かえばいい。
楽しもう。藤川球児も選手たちもそんなマインドを声に出して今シリーズに挑んでいる。初回の小幡は「楽しんでいる」とは言えなかった。けれど、ワンバンを何事も無かったようにカバーした大山悠輔があのプレーを笑顔に変える。この貢献度は地味に映るし、数字にあらわれないものだけど、阪神はそういう積み重ねで勝ってきた。
03年のシリーズ第3戦はあの暴投が奏功したのか、ムーアは7回1失点。サヨナラ勝ちを飾った。日本一を逸した悔しさの中で忘れがたいインパクトだ。小幡のワンバン…このシーンは後に笑顔で振り返りたい。=敬称略=
関連ニュース




