サバンナで1対1に?

 【10月29日】

 坂本誠志郎がこのゲームで初めて球審にタイムを要求し、マウンドへ向かった。1点ビハインドの三回2死一、三塁。高橋遥人の柳町達への投球が2ボールになった局面である。

 初球はサイン違いにも見えた。周東佑京を過度に意識しなくていいよ…坂本のそんな声掛けではなかったか。

 周東は日本で一番気になる走者に違いない。この場面、一塁でリードを取る彼を高橋遥人はもちろん気にしていた。ここで走られれば、二、三塁。けん制を凝らし、スタートを切らせたくない。そんな創意が背番号29の動作に漂った。しかし、何やら坂本と話してからは打者集中に切り替えたように見えた。相手の術中にはまるな。機動力に翻弄されて崩れればもったいない。坂本の心を勝手に想像してみた。

 日本シリーズでリズムを狂わされた投手…思い出すのは03年の伊良部秀輝である。当時戦ったダイエーホークスは、伊良部の独特な投球モーションに隙があると睨んでいた。スタメンには川崎宗則、村松有人、柴原洋ら快足がラインアップに名を連ね、揺さぶられた。伊良部もそれを察するがゆえマウンドで走者を気にする仕草が見られ、本領を崩されたように思う。シリーズ第2戦、第6戦で先発した元メジャーはいずれも早い回でKOされ敗戦投手になった。無双の球威を誇った頃の伊良部なら走られても点を許さない球威があった。が、メジャーを渡り歩き、阪神に来た頃は現役晩年。やはり相手の足を気にしなければならなかった。

 遥人、お前なら走られても大丈夫。坂本がマウンドへ足を運んだとき、僕は勝手にそんな激励を想像した。

 阪神時代の伊良部といえば、22年前、ともにテーブルを囲み鍋をつついた思い出がある。大のマスコミ嫌いだったから、今思えば貴重な時間だった。

 「メディアの方は敵ですから」

 丁寧な口調と、言っている内容のギャップに最初は戸惑った。靴を脱いで4人の座敷でくつろぎ、乾杯。本来はほっこりするところだけど、酒が進むにつれ、舌鋒はあらぬところに…。

 「サバンナで1対1になったらどうします?」

 こちらの筆が伊良部の逆鱗に触れたとする。我慢の限界に達したとする。そうなれば出る所へ出る。法で争う?いや、男なら最後は腕っ節。あなたがた丸裸で草原に放り出されたら私に勝てますか?それくらいの覚悟で書いてくれないと困りますよ…とでも言いたげだった。さすがヒール…そんなふうに感じた夜だったけれど、尼崎出身の生粋の阪神愛も垣間見えた。  

 「甲子園は世界一です」。お立ち台の名台詞を鍋の席でも聞かせてもらった。「甲子園は何かある所。相手にとっては圧倒される場所ですよ」。伊良部はそんなことも話していた。今は亡き、あの柔らかな目尻が懐かしい。

 さあ、あとがなくなった。アクシデントによる高橋遥人の降板が悔やまれる第4戦になったが、藤川球児は「振り返っても一緒」と前を向いた。翻弄されることなく世界一の甲子園とともに自分たちの力を信じて。=敬称略=

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