覆されればまた「覆す」
【4月4日】
大竹耕太郎の自著『覆す』が広島市中区の書店に並んでいた。驚いたのは、平積みされた棚がアスリート枠のそれではなかったこと。隣に吉本ばなな、池上彰…作家、文化人枠だ。
陳列が各書店に委ねられているならセンスがいい。筆者は発売日に買って一気読みしたが、中身は純粋な「野球枠」ではない。ここでわざわざネタばらしをするつもりはないけれど、「投げる哲学者」ならではの一冊である。
ベースボールマガジン社発行のこの本についてちょっと裏話をすれば、実は、大竹は最後まで「タイトル」に悩んでいた。〆切り日の2月初旬、ぎりぎりまで熟慮して決めた。読めば「なるほど」。各章にいろんな類いの「覆す」が読み取れておもしろい。
さて、今年もさっそく大雨耕太郎さん降臨である。4日の未明から、まあよく降った。ゲーム開始前にマツダスタジアムの芝に大小の「池」がいくつもできていた。1時間待ってようやくプレーボールしたまでは良かったが、雨脚が強まって五回裏に中断。観る側も疲弊するゲームだったのに、それでも、さすがは大竹の集中力。1時間1分後に再開されると、その1球目は佐藤啓介への137キロ、低めに制球されたストライク。その後二ゴロに打ち取り、続く大盛穂にはヒットを許したが、涼しい顔でけん制で刺した。本人は3失点の5イニングに納得していないだろうけど、天候のような乱れたマウンドではなかったし、難しいこの回を0で切り抜けたことが最終盤の反撃、木浪聖也の決勝弾に繋がったと思う。
どれほど悪いマウンドだったのか。試合後、確かめれば大竹は言う。
「スパイクの裏にめっちゃ(泥が)ついて刃が全部埋まっちゃうので、そういう意味では滑ったりしました」
雨慣れしている(?)左腕がこの種の悪条件で一番意識するのは何か。大竹の本を読めば、注目したくなるその一点は軸足、左の膝だ。
【投球モーションを起こすときに低めを突こうと考えすぎるあまり、どうしても軸足となる左膝が深く折れてしまうという悪いクセがありました】
ホークス時代を振り返り、自著の中でそんなふうに述懐している。悪癖を克服して今があるのだから、この日も左膝が深く折れることはなかったが、雨で緩いマウンドにおいて「原点のフォーム」を意識することはあるのか。
「ゲーム中に投球フォームにフォーカスしちゃうと、全く上手くいかないんですよ。『雨だから投げにくいな』と思った時点でそうなってしまうようにも思いますし…。所作とかにもやっぱり出てしまうので。普通に晴れの日に投げているような雰囲気で投げるというか。こちらが投げにくそうにしてるなっていうのが相手に分かれば打ちやすいのかなとも思いますしね」
昨年、好相性のカープに約1年ぶりに敗れた。広島では無傷の9連勝中だったが、初黒星を喫した。敵陣も苦手意識を「覆し」にかかってくるシーズン。大竹もまたそれを「覆し」にかかる。大雨だろうが、いつ何時も快晴のもと投げるマインドで。=敬称略=
