福岡で先陣の熱情を見る
【6月10日】
坂本龍馬に心酔する猛虎の将は、きっとこの人のことも知っている。そう思ってゲーム前に参ってきた。明治通り沿いに鎮座する平野神社。幕末の勤王志士、平野國臣を祀った社である。
幕末の風雲児が龍馬なら福岡藩出身の平野國臣は歴史上なんと呼ばれているか。とくに異名はない。僕の浅い知識を書けば、早くから尊王攘夷を唱えて脱藩したことで倒幕運動の「種をまいた人」といわれる。龍馬や西郷隆盛ら幕末維新の英傑とともに「先陣」や「先駈け」の存在を学校でもっと扱ってもらいたい気はする。
野球だってそうだ。種を蒔いた者、先駆けを大事に報じたい思いがある。
こちら阪神は、現ドラの先駆者、大竹耕太郎が移籍後初めて福岡のマウンドにあがったが、2発に泣いた。初戦が空中戦だっただけに、立ち上がりから「どうなることか」と案じたが、持ち味を存分に発揮し、モーションで緩急をつける術はいつも通り味わい深かった。が、気になったのは、球審のジャッジである。左打者の外を絶妙に突く球がことごとく「ボール」と判定された。これも野球だけど、疲弊のジャブにならなければ…そんな感情で眺めた。判定に寄せてゾーンを広げれば、やはり見逃してくれない。
そして、ジャッジといえば…
指揮官の熱情は、怒号の左翼スタンドが代弁していた。七回、「判定アウト」の熊谷敬宥のスチールは、記者席のモニターで見る限り、完全に「セーフ」に見えた。さすがにこれはリプレー検証で覆るだろう…そう思っていたので驚いた。
将はその行為がもたらす結末を知ってそれでも動いたわけだ。リプレーセンター設立後、「異議」という意味では初の退場監督になったのか。そんなもの先陣、先駆になりたくてなるものではないが、ひとつ気になったのは、この試合の現場審判が新システムの実情に疎かったことだ。基本的にいくつの画面を見てジャッジしているのか?試合後、ペイペイドームの通路で責任審判に聞けば「それは分からない」と話した。その時々でカメラの台数が変わるのは理解できる。が、最低限「これだけの角度、映像で判定している」という知識は持っていてもらいたい。
「退場」に該当するアグリーメントを読んだ上で書くが、ジャッジする側の説得力という意味でも、また、この球児の言葉を聞いたうえでも…。
「みんなが全力で真剣に戦っているのがプロ野球の舞台ですから」
「みんな」には、当然、審判、そしてそれにまつわるシステム担当者も含まれるべきである。
多くを語らない熊谷は帰り際、僕にひと言だけ言った。
「みんなで向かっていっているので…」
今回に限っては、僕は球児の退場をネガティブに書く気になれない。冷静にそう思う。軍の先頭に立つ将として引き下がれないこともある。新センターの初年度に苦言したくはないが、そちら側が主役になっちゃ野球が潰れかねない。=敬称略=
