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「イ・スンヨプ引退ツアー」提案者は…巨人など日本でもプレーした韓国の「国民打者」

 もうすぐイ・スンヨプが引退する。

 韓国球界では「国民打者」なる称され方で、文字通り韓国野球のシンボルとしてプレーしてきたサムスンライオンズのイ・スンヨプ内野手。2011年オフにオリックスを退団後、祖国の球界に戻りプレーしていたが、一昨年時に2年後、つまり今季限りでの引退を決め、表明していた。昨季と今季は、いわば宣言後の「花道」となった。とはいえ昨季は142試合に出場し(韓国は144試合制)、164安打、27本、118打点。本塁打は56本のシーズンアジア記録を作った03年には及ばないものの、118打点は同03年以来の好数字。今季も132試合で22本、84打点。本人さえ引退を撤回すれば、十分に受け入れられる数字を残している。

 今年で41歳。年齢だけで決めつけてはいけないが、自身の心の中では40歳あたりで一応の区切りがあったようだ。なにより「次の世代に委ねたい」という想いは、引退表明前から持っていた。

「いつまでも自分が必要とされてはいけない」。

 08年の北京五輪では金メダルを獲得した韓国だったが、イ・スンヨプはそのキャリアと実力で、適時に活躍してメダル獲得に大きく貢献した。徴兵制の韓国では、五輪で銅メダル以上を、アジア大会では金メダルを獲ればおよそ2年弱の兵役が免除となる。北京で「世界の頂点」に立ったとき、彼は他のメンバーから「兵役ブローカー」と異名をつけられ敬われた。ブローカーとは「壊し屋」の意味。しかし本人は、この時期に「もう自分が頼られる球界ではいけない」と漏らし始めていた。それは国際大会だけのことではない。

 そして41歳での引退。

 今シーズン後半となった8月上旬。彼の地の球界ではイ・スンヨプの引退にあわせ、ちょっとしたイベントがスタートした。名付けて『イ・スンヨプ引退ツアー』。これ、ファンの観戦ツアーではない。イ・スンヨプがアウェーの試合で最後となる遠征先を訪れた際、相手チームから、それぞれ引退のセレモニーをして貰うというものだった。試合前に記念品や花束を贈呈され、相手チームの選手らと記念写真を撮る。ファンの子供たちへのサイン会などは一般的だが、ネクセン・ヒーローズのソウル高尺ドームでは、イ・スンヨプの背番号36を選手全員が着けて試合を戦った。サムスンの選手ではなく、敵側であるネクセンの選手が、だ。またKIAタイガースの光州では、イ・スンヨプがプロ入り最初のホームランを放ち、落下した当時の外野席の椅子を贈るなど、ユニークなものもあった。

 サムスンに関係者によれば、この「ツアー」はサムスン側から持ちかけたものではなく、KBO(韓国野球委員会)から提案され、賛同した各球団が知恵を出した結果なのだという。「だから本人はもとより、僕らサムスンの球団関係者もどんなイベントにしてくれるのか、知らないまま出向いていっていたんです(笑)」

 そのツアーも、9月15日、NCダイノスの馬山で終えた。

 過日、サムスンの本拠地を訪れた際、イ・スンヨプと挨拶が出来た。

 「自分の人生の中で、日本でプレーしたことが本当に成長になりました。苦労もあったけど、それがのちの自分を成長させてくれました」

 内容は勿論だが、流ちょうな日本語に驚いた。「8年いましたからね。でも最近はほとんど日本語を使わないから忘れましたよ(笑)。日本に最後に行ったの2年前です。阿部チャン(阿部慎之助)とはたまに連絡取っています」

 そしてこう続けた。

 「でもホント、日本では成長させて貰いました」

 千葉ロッテでの最初の本塁打は場外だった。日本シリーズでの一発。巨人に移り、その大きな放物線が、ドームの壁に遮られてしまうことが惜しく感じられた。屋外ならどこまでも飛んでいくのに。そんな想いを抱かせてくれるのが、イ・スンヨプの打球だった。そして不振、低迷。「ここに投げておけば打たれない」と敵チームのバッテリー、コーチに公言と指摘された日々。それも巨人というチームの4番に座っただけに、バッシングもまた激しかった。

 なにより筆者自身、辛口の記事をいくつも書いた。それを読んだ韓国の読者に、随分と叩かれたものだ。しかし期待が大きいからこその批判を書いたつもりだった。

 とはいえ本人にしてみれば、気分も悪かったことだろう。10年近く経った今、目の前の彼にそんな詫び、あるいは言い訳をしようかと思ったが、やめた。今の彼には、そんなことは意味のない話だ。それより楽しい話、これからの話の方がよほど空気を汚さない。

 来年からどうするのか? 

 「今後は未定です。でも野球に関わる仕事をしたいです。どういう形かわかりませんが」

 もう仕事をしなくても、十分に暮らしていけるでしょう? 冗談めかして返すと、苦笑しながらこう応じた。

 「奥さんに怒られますから(笑)。」

 会った日の試合は、スタメン5番で指名打者だった。今季は若手に出番を譲るという意向で、出たりでなかったりという時期もあった。

 「でも、相手投手はいい投手だから打てるか自信ないです(笑)。斉藤和巳ほどではないですけどね。いい投手なんです」

 自信ないのは困るではないか。そうツッコむと、彼はこう言った。

 「自信ないから引退するんですよ(笑)。」

 もう彼のプレーが見られなくなるのだということを、このとき初めて実感した。

 スンちゃん。23年間、ホントにご苦労さまでした。

 10月3日が、サムスンの最終戦であり、彼の最後の試合となる。(スポーツライター・木村公一)

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