【90】不慮の事故に備えて 難しい大会役員、審判員の立ち位置
「日本高野連理事・田名部和裕 高校野球半世『記』」
今からもう18年も前のことになるが実に不幸な事故が夏の、ある地方大会中に起きた。
大会が始まる頃は梅雨明け前で蒸し暑く、過酷な状況下で試合が行われる。選手たちは毎日練習しているので暑熱に順化しているが、審判員は日ごろ冷房が効いた職場からグラウンドにやってくるので、その体調管理は大変だ。
そんな状況下で試合が延長戦に入ったとき、球審を担当していたAさんが突然倒れた。すぐに救急搬送したが、手当てのかいなく帰らぬ人になってしまった。
日本高野連も都道府県連盟も「審判員傷害保険」に加入している。しかし傷害保険は試合中のプレーに起因した事故に限定される。内因性の疾病は給付対象とはならない。
Aさんは奥さんと中学生、小学生のお子さんお2人に高齢の父親との5人家族だった。
突然一家の柱を失ったご遺族のことを思うといたたまれない。
直ちに審判員仲間から声が上がり、残された遺児の育英資金募集が始まった。全国の役員、審判員から賛同が寄せられ、いささかでも遺族を励ますことが出来た。
しかし問題は今後のことだ。一度あることはまたある。次に起きたら同じような募金活動では済まされない。
翌年、大会に関わる役員・審判員の共済制度を立ち上げた。1年に2千円ずつ出し合い(掛け捨て)不慮の事故に備える制度で、審判員は高校だけでなく、大学、社会人や少年野球にもかかわっている人が多い。したがってこれらの連盟にも参加を呼び掛けた。
役員、審判員個人の加入するものと、競技団体共済も設立した。不慮の事故に対し、連盟としてもまとまった見舞金が出せるように備えた。年間7000人を超える加入があった。生徒を引率している指導者は、いわゆる出張扱いで勤務先から補償が受けられるが、大会役員、審判員はボランティアとして委嘱されているので補償はない。
それまでなかった死亡事故がその後の10年間で3例あった。
ところがオレンジ共済組合というのが1996年に私的流用の詐欺事件を起こし、以後民間では共済制度ができなくなった。保険に関する法律が改正され、原則共済制度は保険会社以外には認められなくなった。
金融庁とかけ合ったが継続は認められなかった。保険会社への移行も考えたが、2009年から新たに掛け金を集めず、たまった1億円余りを基金として「役員・審判員活動支援基金」に移行、基金が枯渇するまで引き続き不慮の事故に備えている。