「ミスターラグビー」没後10年“平尾魂”今も息づく「一人一人が考えて正しい判断、行動せなあかん」「平尾誠二杯」に180人参加
日本ラグビー界の旗頭だった平尾誠二さんが、2016年に53歳で死去してから20日で10年がたった。高校、大学で全国大会制覇、神戸製鋼(現リーグワン神戸)では日本選手権7連覇。日本代表で主将、監督を務めた。卓越したリーダーシップを発揮した「ミスターラグビー」の精神、情熱は今も息づいている。
1988年からの平尾主将時代の神戸製鋼には、監督やヘッドコーチと名の付く人はいなかったという。グラウンド内外の多くを選手がマネジメント。平尾さんは「一人一人が考えて正しい判断、行動をせなあかん」と発案。個々の責任感を高め、チーム力アップにつなげた。
90年に入団し、現在は神戸のチームディレクターを務める弘津英司さんは「あの時に自主自立の文化が生まれた」と考えている。名門が培ってきた強みは今年6月のリーグワン初制覇でも形に表れた。選手の自主性は連綿と続き、弘津さんは「今後もレガシーとして大切にしたい」と話した。
1995年の阪神大震災発生直後には率先して救援活動を行った。楕円(だえん)球を通じた交流、地域貢献にも熱心だった。企業の経営状況の変化で実業団チームが減少傾向になり、神戸製鋼でも野球部が活動を停止したが、ラグビーは継続。弘津さんは「ラグビー部に価値があることを上層部に話す力が平尾さんにはあった」と振り返る。
2000年にスポーツを通じた社会貢献を目指してNPO法人「SCIX(シックス)」を設立。英国留学時、幼い子から大人まで参加する総合型クラブに感銘を受け、日本での実現に動いた。
平尾さんをしのび、17日に神戸市内でSCIX主催のタグラグビー大会「平尾誠二杯」が開催された。6歳から80歳までの老若男女約180人に、現役の日本代表選手も参加。会場で光景を見守った長男の昂大さんは「父が求めていたことが形になっている」。思いは確かに受け継がれている。
◇平尾 誠二(ひらお・せいじ)1963年10月20日、京都市出身。テレビドラマ「スクール☆ウォーズ」のモデルとなった京都・伏見工で81年に全国高校ラグビー大会初優勝。同志社大で全国大学選手権3連覇、社会人の神戸製鋼では日本選手権7連覇を果たした。口ひげがトレードマークで、司令塔役として活躍。日本代表で第1回からワールドカップ3大会連続出場。日本代表監督、神戸製鋼ゼネラルマネジャーも務めた。16年に胆管細胞がんで死去。
