東日本大震災から15年 被災地でバッティングセンター営む千葉清英さんの思い 2月に著書出版

 2万2000人以上の犠牲者を出した東日本大震災の発生から、11日で15年を迎えた。甚大な被害を受けた宮城県気仙沼市で「気仙沼フェニックスバッティングセンター」を経営する千葉清英さんは、震災で妻ら家族7人を失った。そんな千葉さんが2月25日に新著「夜明けのバッティングセンター」を出版。12日にはデイリースポーツの取材に応じ、家族で唯一生き残った息子の瑛太さんとともに必死に生き抜いてきた15年を振り返り、新たな思いを語った。

 復興が思うように進まない状況もあり、「15年というのが節目だという感覚は、自分にはない」という千葉さん。今回の出版は、震災直後に被災者へ向けた応援の詩が話題となり「100歳の詩人」と称された柴田トヨさんへ千葉さんが送ったはがきを編集者が目にしたことがきっかけとなった。

 2016年には、千葉さんの生きざまをつづった著書「天国にとどけ! ホームラン」が発売されたが、自身がその反省をつづった著書を出版するのは初めて。コンセプトは「幼少期から、今まで自分の中で秘めていたもの、表に言えなかったことを、赤裸々とまでは言わないけど」さらけ出すこと。「自分のマイナスな部分を知ってもらった方が意味があるのかなと」と思いを語り、読者に向け「伝えたいのは、世界に悩みのない人はいない。その中で、何かがきっかけで『もうちょっと頑張ってみようかな』っていう思いが生まれてくれれば」とメッセージを送った。

 作中では、息子の瑛太さんとの接し方、子育ての苦闘もつづられている。千葉さんは「結果として(瑛太さんに)勉強しろとか、あれしろ、これしろは言わなかった、言う余裕がなかった」と当時を回想。「彼がどうなってしまうのか、一番怖かった」としつつ、「あれもこれもやらなきゃいけない中で、その姿を素直に見ててくれた」と、真っすぐに成長した瑛太さんへの感謝も口にした。

 ともに取材に応じた瑛太さんは「点と点だった思い出とかストーリーが線になって、当時の情景とか、思い出が鮮明によみがえってきた」と同著の感想を口に。「私と親父の物語もそうなんですが、合間合間に出てくる登場人物の方のお話を読んで、震災後に出会ってきた、応援してもらったことを思い出します」としみじみ話した。

 千葉さんは現在、気仙沼に拠点を置きつつ、全国の自治体を回って災害復興に取り組んでいる。自身の生きざまについて「普段、あまり考えないんですよ、強いて言うのであれば、よくここまできたなという思い」とし、「今、こうしたいっていうのは特にない。ありきたりだけど、人生は一回。明日の保証がないから、できる間に好きなところに行ったりして過ごしたい。今までは先の5年とか感じましたけど、今は先のことが見えないですよ。今、この瞬間、幸せだなと感じることが、本当に幸せなこと」。生きてこその思いが本音としてこぼれた。

 震災当時9歳だった瑛太さんにも、その精神は受け継がれている。「震災みたいな形で、積み上げてきたものが一瞬でなくなってしまうことがもう一回起こるかもしれないと考えると、何があっても生きていける自分ではいたい」とキッパリ。その思いから、現在は自身で起業し、自立した生活を送っている。未曽有の震災から15年、力強く生き抜く親子の歩みは、止まることはない。

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