元宝塚星組トップスター・寿美花代さん 宝塚と家族を愛し続け「最高の人生を送ることができた」
元宝塚歌劇団星組トップスターで、夫で俳優の故高島忠夫さんとのおしどり夫婦ぶりでも名高かった俳優の寿美花代(すみ・はなよ、本名高嶋節子=たかしま・せつこ)さんが3日午前4時43分、老衰のために死去していたことが6日、所属事務所から発表された。94歳。兵庫県西宮市出身。この日、家族葬が行われた。息子で俳優の高嶋政宏(60)と高嶋政伸(59)はコメントを発表し、母の最期の日々を明らかにした。
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寿美さんは1932年2月6日生まれ、兵庫県西宮市出身。父は自動車会社の重役だった。
48年に宝塚音楽学校を卒業し、35期生として宝塚歌劇団に入団した。同期には俳優の高千穂ひづるさん、声優の太田淑子さんがおり、妹の秩父美保子さんもタカラジェンヌだった。
「春のをどり」で初舞台。51年の「蜜蜂の冒険」で少年役を演じ、そのまま男役となった。美貌と美声で星組の男役トップスターとして活躍し、53年元日の本紙では先輩の春日野八千代に「名実ともにはるかにしのぎいまや宝塚のトップスターである」と紹介されるほどの人気を誇った。同年に宝塚新人演技賞を受賞。宝塚時代の代表作に、60年芸術祭賞の「華麗なる千拍子」がある。
61年の映画「新源氏物語」では市川雷蔵と共演。同年、NHK紅白歌合戦に初出場した。63年の「タカラジェンヌに栄光あれ」をさよなら公演に退団し、記者会見で「私は幸せで恵まれ通しだった」と語った。
14年に宝塚の殿堂入り。同4月5日の「宝塚歌劇団100周年夢の祭典~時を奏でるスミレの花たち~」出演が最後の公の場となった。同年、デイリースポーツで宝塚時代を「最高の人生を送ることができた、心底そう思います」と振り返っている。
宝塚愛は強く、忠夫さんと結婚する際には、創業者・小林一三さんの三男・米三さんに、劇団に残れないかと直談判したほど。宝塚と家族を愛し続けた生涯だった。
