寿美花代さん死去 息子・高嶋政宏沈痛「最期の最期まで大女優でした」 高島ファミリー支え、忠夫さんとおしどり夫婦

 家族4人そろってポーズを決める(前列左から)寿美花代さん、高島忠夫さん(後列左から)高嶋政宏、高嶋政伸=2006年3月
寿美花代さん
 料理番組「ごちそうさま」で家族4人で収録に臨む=1989年12月
3枚

 元宝塚歌劇団星組トップスターで、夫で俳優の故高島忠夫さんとのおしどり夫婦ぶりでも名高かった俳優の寿美花代(すみ・はなよ、本名高嶋節子=たかしま・せつこ)さんが3日午前4時43分、老衰のために死去していたことが6日、所属事務所から発表された。94歳。兵庫県西宮市出身。この日、家族葬が行われた。息子で俳優の高嶋政宏(60)と高嶋政伸(59)はコメントを発表し、母の最期の日々を明らかにした。

 芸能界のロイヤルファミリーを支え続けた偉大な母が旅立った。

 政伸は「父とともに大好きだったフリオ(・イグレシアス)の歌声のなか、母は子供と孫に囲まれながら、最期まで美しくりんとした表情のまま、眠るように旅立ちました」と伝えた。政宏は立ち会えなかったという。

 政宏によれば、ここ数年は誤嚥(ごえん)性肺炎で入退院を繰り返していたが「入院中、ときおり病院の方たちがびっくりするほどの声量でしゃべってたようでやっぱり鍛え方が違うと話題になってたほどでした。最期の最期まで大女優 寿美花代だった母でした」と闘病秘話を明かした。

 最近は「数日前、会いに行った時も嚥下がほぼ出来ない状況で苦しがるのと、その痰が何かのタイミングで流れると安らかに眠りにつく、の繰り返しだった」という。

 寿美さんは宝塚在団中に長嶋茂雄さんとの結婚を報じられたが「デマ」と否定。退団した1963年、神戸で求婚された忠夫さんと結婚した。

 2人は62年のミュージカル「君にも金儲けができる」での共演がきっかけで交際。本紙でフィアンセ対談し、寿美さんは共演を「最高の思い出」と話した。芸能界きってのおしどり夫婦で、夫婦で司会を務めた料理番組「ごちそうさま」(日本テレビ)は27年続く人気番組となった。

 男児3人をもうけたが64年、長男が家政婦に殺害される悲劇に襲われた。次男の政宏、三男の政伸は俳優として成功し、2002年の火曜サスペンス劇場「浅見光彦スペシャル 貴賓室の怪人」(日本テレビ)では寿美さん、政宏、政伸が母、兄、弟役で共演した。

 98年から忠夫さんがうつ病で5年間、休業すると復帰まで家族で支えた。05年に政宏が俳優のシルビア・グラブと結婚し、京都の下鴨神社で開かれた結婚祝いの「ご縁の会」で5ショットを披露。06年にはBSフジ「ライフ☆イズ☆家~イ!」の制作発表に家族4人で出席した。17年には政伸に子供が生まれて初孫を得たが、19年には忠夫さんが老衰で死去。寿美さんは自宅でみとった。

 悲喜こもごもの94年を送った寿美さん。政宏は「もちろん悲しいんですけど、今は楽になって、ゆっくり休んでいるんだろうなと言う安堵の気持ちでいっぱいです」、政伸は「いつもユーモアを忘れない明るく優しい母でした」と追悼した。

編集者のオススメ記事

芸能最新ニュース

もっとみる

    主要ニュース

    ランキング(芸能)

    話題の写真ランキング

    写真

    リアルタイムランキング

    注目トピックス