弘兼憲史氏 松下社員から漫画家へ転身を決断した瞬間…3年目で「まず、退職ありき」

 30年以上続く漫画「島耕作シリーズ」を生み出した弘兼憲史氏(72)がオヤジ世代に向けたエッセー「俺たちの老いじたく 50代で始めて70代でわかったこと」(祥伝社 1300円税別)を新装復刊した。「運命が過酷になるのは希望を持たなくなった時から」「金銭や地位は、時々人を幸せにする道具でしかない」など珠玉の言葉がいっぱいだ。弘兼氏はかつて松下電器(現パナソニック、本社大阪府門真市)に勤めていた。どのようにして漫画家に転身したのだろう。著者に会ってみたい!

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 -「島耕作シリーズ」は1983年に始まり、今は「相談役 島耕作」として読み継がれています。27歳でデビューして今は72歳。

 70歳くらいまで漫画を描ける人はほとんどいないと思います。ここまで続くとは自分も思っていませんでしたし、とにかくデビューして連載1本持ったらいけるとこまでいこうと。「これがみんなの記憶に残ればいいな、それくらいの作品にしたいな」ということくらいは考えてました。漫画家としていろんな出版社から「要らない」と言われたらその時に考えればいいんであって。とにかく与えられた仕事、明日の仕事、目の前の仕事をひたすらこなすってだけで気がついたら今に至るという感じです。

 -漫画家を目指したのは子どもの頃で中学生のときにはあきらめた。

 漫画で食べていくのは無理だと分かりますからね。例えば男の子は子供のときはプロ野球選手とかサッカー選手になりたいって言うじゃないですか。なれるわけないですよ、普通。中学生や高校生になれば現実が分かる。それと同じで中学のとき漫画家になることをあきらめたわけです。

 -それでも大学時代は漫画研究会に。

 漫研は趣味で入っていました。そのときもコマ切って描くなんてことは1回もしてない。4年間、似顔絵と一コマ漫画しか描いてないです。

 -漫画家を目指して毎日ゴリゴリ描いていたのではない。

 ないです。私は松下電器の販売助成部に入っていろんなデザイナーの方々とお近づきになった。プロとしてやってる人たちです。その方たちの作品を見たり、雑誌の漫画を読んで「これくらいなら俺にもできる」って思ったときから「よし、やろう」と決めたんです。人の作品をみて逆に自信が付いた。「この程度なら俺もいける」と。いま考えたらすごい不遜な考え方なんですが、若かったし、けっこう自信があった。で、応募した4作品中、3作品が入選しました。だから、自分の判断はある程度正しかったんです。この程度ならいけるっていう程度のものは描けた。

 -大学時代にずっと描いていたわけでもなく、松下電器時代にもこつこつ描いていたわけでもない。

 描いてないです。会社を辞めて初めてコマ切って描いたんです。考えたらめちゃくちゃですよね。まず、最初に退職ありきです。先のことはそんなに考えないですから。会社員をやりながら漫画をコマ切って描くなんて無理です。1作品を作るのに2年くらいかかる。そんなだったら漫画家になれないです。とにかくまず辞めようと思ったんです。

 -やはりスケールが違う。

 いやいや、そんなことはないです(笑)。将来のことを心配したりとか、くよくよ考えたりはしないですね。でも、ゴルフのときはなぜかくよくよ考えるんです。バンカーを前にして寄せるときに失敗してバンカーに入るイメージが浮かんできて。そしたらやっぱりその通りになる。なんでだろう。ゴルフのときは失敗したイメージが浮かぶ。

 -将来をくよくよ心配しない。だからこそ松下を3年半で辞めて自分の道を進んだ。

 そうですね、先のことあまり考えないです。というか漫画家なんてまあ、飯食えない職業ですよ。普通はなれないですから。それを選ぶなんてのはよっぽど能天気じゃないと選べないです。計画性がある人だったら、この道は選ばないですよね。おそらく漫画家になってる人はみんなそうだと思いますけど、いくとこまでいってみようと。そこでだめならその時点で考えればいいという考え方だと思いますね。

 -島耕作は課長から始まって今は「相談役 島耕作」。

 相談役というのは会社法に決められた地位じゃないんですよ。その会社が取締役会で顧問とか相談役を入れましょうと決めたら、相談役という地位がある。本当は会長くらいで終わりですよね。こういうサラリーマン社長というのは次から次に下から来ますから、社長の地位にいつまでも居座るわけにはいかない。安倍晋三首相は今度4選やるかもしれないって言ってますけども、次の人材がやはり必要です。だから島耕作も60歳くらいで社長を引いて65歳くらいで会長をやって、その後相談役に。下からの順番が来ただけです。

 -あるインタビューで次は「介護 島耕作」とか。

 あれは冗談で、軽口です。「病院 島耕作」とか「無職 島耕作」とか、いろいろ付けるのがはやった時期があったんです。何も決めてないです。

 -ファンはできるだけ長く「島耕作シリーズ」を読みたい。

 いつか相談役も辞めなくちゃいけないんで「素浪人 島耕作」とか。

 -素浪人?

 ははははは。いま適当に言ってるだけです。

 -そういう案もないことはない。

 そうですね。「フーテン 島耕作」もいいかもしれない。

〈WHO’S WHO〉

 弘兼憲史(ひろかね・けんし) 漫画家 1947年山口県出身。早稲田大学法学部を卒業後、松下電器産業(現パナソニック)に勤務。約3年勤めて退職。74年「風薫る」で漫画家デビュー。84年「人間交差点」で小学館漫画賞を受賞。91年「課長 島耕作」で講談社漫画賞を受賞。00年「黄昏流星群」で文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞受賞。03年日本漫画協会賞大賞受賞。07年、紫綬褒章受章。著著多数。

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