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阪本順治監督 友達は少なく親とも縁を切りたかった十代…高校2年の時に家出

 阪本順治監督(61)が、名脇役の石橋蓮司(78)を主演にすえて映画「一度も撃ってません」(近日公開)を撮った。赤井英和主演「どついたるねん」で1989年にデビューして31年。監督はどのようにして映画の世界を志したのか、きっかけは、どんな十代を送ったのか。質問をぶつけた。

 -監督は生まれも育ちも大阪。家のすぐ近くに映画館があったそうですね。

 僕は商店街の生まれで実家の真正面が東映の映画館でした。50メートル行くと東宝でその裏に日活がありました。大映と松竹がちょっと離れてますけど徒歩5分くらいですね。だから、ちっちゃい頃は近所のよしみで家の近くの3館はただで入れてもらってました。たまには大人の映画も。立ち見だと大人の股の間から見たり。あと、映写室に入れてもらってそこから映画を見せてもらったこともありました。ですから映される映画の物語の記憶より、映画館という小屋の記憶のほうがあります。

 -映写室といえば「魂萌え!」(06年)で最後、風吹ジュンさんが映写技師になって映写室のシーンで終わる。監督のそういう体験があったから。

 そうでしょうね。あれは原作にないものなんで。なんとなく記憶があるんじゃないですかね。藤山直美さんが主演した「顔」でも、國村隼さんの役は映写技師だったんで。なんかあの空間に思いがあるんです。「ニューシネマパラダイス」みたいって言う人いるけどあんなもんじゃないよ、映写室って。昔はおやじがタバコ吸って、日本酒一升瓶を置いてこたつがあったりしたから。

 -著書「孤立、無援」(ぴあ)に幼少の頃から物作りが好きで、おじいさんの弟さんから「物作りが好きなら」とフィルムと8ミリカメラをもらったとあります。映画監督になった大きな要因なのかと。

 親は悔やんでますよ。そのおじさんが俺にカメラの8ミリを渡したことを。あれがきっかけやって。こんなやくざな業界に入ったのはって(笑)。

 -すごくユニークなおじさん。子どもにカメラとフィルム。

 そのおじさんも物作りが好きだったんです。発明が好きだった。うちの家系が代々仏師で、祖父は仏像の彫刻師だったんです。ものすごい手が器用でした。おじさんも。もらった8ミリカメラはピントは手動で露出も自分で計らなきゃいけない。僕が小学校5年のとき、今の上皇様と上皇后様が近所の孤児院に慰問に来られた時にそのカメラで美智子様を撮ったんです。フィルムを現像して映写機を借りて家のふすまに映したらピントも合ってて露出も合ってたと思う。僕が最初に撮った人は美智子様なんです。車に乗って手を振って。その映像を見て映っているものは現実だけど現実じゃないというか、フィルムを通して見ているという、その摩訶不思議さに魅せられたんでしょうね。

 -幻の処女作は「踊る烽火(ほうか)」。完成しなかった。

 学生のときに8ミリで初めて自主映画を撮ろうとして僕の責任で頓挫しました。大阪の新世界とか西成で撮ってたらおっちゃんに怒られましたね。カメラを持ってたんで「お前らこんなとこで撮んの5年早いんじゃ!」って。100年じゃなくて5年でええのかと(笑)。

 -今はきれいな街になりましたね。

 串カツ屋が増えましたね。

 -著書で小学生時代はギャグを言う明るい少年だったとありますが高校時代は「閉じていた」と。授業は。

 うーん。授業はよくずる休みしてましたね。通った高校は学歴的にも高いほうで、自由な校風でね。昼飯は外食してもいいっていう。それをいいほうに思わなきゃいけないのに、なんかいやだったんでしょうね。すぐに成績はどんどん落ちました。僕が生き生きとしたのは文化祭の出しもので8ミリ映画を撮ったときですね。カメラの扱いに慣れてたし、脚本も書かせてくれて。あの一瞬だけは良き思い出です。あとは、落ちこぼれていきました。学校のせいにしたり、親のせいにしていた時期です。今から思えば嘆きばっかりで責任転嫁だったと思うんですよ。自分の頭を文鎮で殴って病院に行ったらひびがはいってたこともあったり(笑)。

 -高校2年で家出を。

 引きこもってはいないんですけど、どんどん友達の数が少なくなっていきました。これでいいとは思ってなかったんです。将来を考えると背筋がぞっとはしていました。ちょっと親と縁を切ろうかなと考えたんです。親と一緒だと責任転嫁もするし、反発もするし。で、博多の求人広告を見てコマーシャルを作る会社があったんです。そこに面接に行って働くつもりでいたんです。映像の仕事をするつもりでした。

 -軽い家出ではなく、本気だった。

 でも、すぐにばれてしまいました。旅をするときはちゃんとしないといやなんで、時刻表を調べて泊まる場所も国民宿舎に決めて。それを書き損じた紙を部屋のゴミ箱に捨てちゃって(笑)。それを母が見て、僕の居場所が全部分かってしまった。翌日、担任が迎えに来てくれました。

 -家出といえば夏という感じです。

 いえ、コートを着た覚えがあるんで秋か冬ですね。一念発起して。17歳だから未成年に見えないように、親父のスーツ着てネクタイ締めました。所持金はほとんどなかったです。博多までは新幹線で行きました。オヤジのスーツにネクタイ…。しかもスーパーで買ったミラーのサングラスしてたんです。まあ、今は笑い話で言ってますけどほんとにすべてを人のせいにして。俺が学校嫌いなんじゃなくて学校が俺のこと嫌いなんやって思ってたし。後悔はないです。あのときに、知恵の浅い俺が目一杯に考えたことなんで。

(WHO’S WHO)

 阪本順治(さかもと・じゅんじ) 1958年、大阪府出身。横浜国立大学在学中より石井聰亙(現・岳龍)、井筒和幸、川島透監督の現場に参加。89年、赤井英和主演の「どついたるねん」で監督デビュー。芸術推奨文部大臣新人賞など受賞。00年、藤山直美主演「顔」で日本アカデミー賞優秀監督賞など受賞。他の作品に「大鹿村騒動記」、「半世界」など。阪神ファン。酒豪で愛煙家。

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