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【ももクロ全力10年史2~Z伝説開幕】国立で単独公演開催 名実ともに日本の代表

 2011年4月のライブで中心メンバーだった早見あかりが脱退した直後、悲しみを吹き飛ばすように「Z」への改名が発表された。残されたメンバー5人は当初、猛反対。マネジャーの川上アキラ氏は「メンバーの脱退をネガティブなものではなく、その先へのストーリーに変えたかった」と振り返る。

 名付け親は、キングレコードでももクロの楽曲プロデュースを担当する宮本純乃介氏。スタッフ会議では満場一致の決定だったが、Zに深い意味はなく、当初は語感などの“ノリ”だったという。

 改名6日後のイベントには「マジンガーZ」のテーマ曲を歌う水木一郎(70)が登場した。水木が「Zはアルファベットの最後にあり、無限と究極を意味する」などと話したのは用意された台本ではなく、持論。メンバーやスタッフはアニソン界の帝王の言葉でZの奥深さを知り、まい進していくことになる。

 5人組となり、ももクロのライブ会場は開催ごとに巨大化した。11年12月にさいたまスーパーアリーナ(初のアリーナ公演)、12年4月に横浜アリーナ2日間公演、同年8月には西武ドーム(初のドーム公演)。当時としては「ひょっとしたら、埋まらないかも…」という、背伸びした会場だった。

 川上氏によると、元総理大臣、小泉純一郎氏の手法をマネしたという。「郵政選挙のときもそうだけど、二者択一にする。ビジョンを明確に見せていく」。目標にメンバーが立ち向かう図式を作り上げ、モノノフと呼ばれるファンも共犯関係となって、大会場を駆け上がっていった。

 12年末にNHK紅白歌合戦初出場。やることはおバカだけど、パフォーマンスは全力な“ももクロ流の王道”を確立し、13年8月には日産スタジアムに6万人を動員するまでに成長した。

 14年3月、改修前の国立競技場で単独公演を開催(2日間)。女性グループ初の快挙で、ももクロは名実ともに日本を代表する存在となった。

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