芋生悠「豊原功補さんは絶対的に信頼、小泉今日子さんは姉御」

ここ数年、インディペンデント映画界隈を中心に「良い若手がいる」と評判が広がっていた役者がいる。1997年生まれの22歳、芋生悠(いもうはるか)だ。『JKエレジー』(2019年)、『左様なら』(2019年)、『37セカンズ』(2020年)などで存在感を放ち、「ネクストブレイク間違いなし」と言われている彼女。

そんな芋生が出演した8月28日公開の映画『ソワレ』は、豊原功補、小泉今日子が製作をつとめ、『わさび』(2018年)の外山文治監督がメガホンをとった人間ドラマだ。芋生は、父親からの暴力のトラウマから逃れられない女性・山下タカラに扮し、村上虹郎演じる役者志望の岩松翔太とともに逃亡する。和歌山を舞台に、若者たちの迷いと決意を描いた同作について芋生に話を訊いた。

取材・文/田辺ユウキ

「好きじゃないと続かないけど、それだけでは続かない」

──『ソワレ』は、芋生さんご自身「自分のやりたいことが徐々にできるようになってきた」という時期に取り組んだ作品とのことですが、そう思えたきっかけは何なのでしょうか。

2019年春頃の舞台『後家安とその妹』での経験がすごく大きかったです。それまでも自身を役者だと思っていたのですが、「私の仕事は役者です」と言うことが恥ずかしくなるくらい、周りの役者さんたちの仕事に取り組む姿勢が素晴らしかった。

言葉ひとつをとっても、お芝居をしているときの目の動き、所作、ただ立っているその後ろ姿だけでも重みが違いました。そしてお芝居だけではなく、人間としても大きな方たちばかりでした。

──『後家安とその妹』は、今作同様に小泉今日子さんがプロデュースをつとめ、豊原功補さんが企画・脚本・演出、そして毎熊克哉、森岡龍らが出演した舞台ですね。

『後家安とその妹』を経験して、人としてもっと成長しようと思いました。私生活を充実させ、良いことも悪いことも振り幅を持たせる。目の前にいる人との会話を大切にする。2019年はそれを意識して生活していました。自分の足で歩けるようになったタイミングで、『ソワレ』にたずさわれたんです。そしてやっと、「役者をやっています」と言えるようになりました。

──そういえば『ソワレ』には、翔太(村上虹郎)が参加する芝居稽古で、演出家から「本当の自分の経験を生かさなきゃ人には響かない」と指摘される場面があります。ホワイトボードには「リアリズム」「言葉を自分自身に落とし込んで現実のものとする」の言葉も。先ほどの芋生さんの話に通じるところがあります。

自分のなかで「経験」は毎回の課題なんです。目の前で起きること、経験できることはどれも大事にしていきたい。全力でちゃんと感じて、自分のなかで解釈を深めて、自分の意思で行動する。そういったことを芝居に生かしたいです。

──確かにこの物語は「経験」がキーワードだと感じました。タカラは逃避行のとき、ビニールハウスで働いて、スナックに勤務することで生活を実感していく。これまでとはまた違う労働方法で、生活の成り立たせ方を知っていきます。

自分でメイクをして、服を選ぶ。そして自分の意思で働き始める。それからタカラの表情が変わりますよね。働くということに関しても、誰かに与えられてそうするのではなく、自分で仕事を選んで、価値を見出していく。そうやって生活費を得る。

タカラはきっと、「自分で働いて稼いだものだ」と自信が持てたはず。自分のためにお金も使えるようになりますし、働くことについての彼女の捉え方が変わるところが良いですよね。

──それこそ役者は、事務所から給料をもらいながらある程度安定して活動できる人もいれば、アルバイトをしながらやっている人もいる。環境には大きな差がありますよね。「仕事は役者です」と言い切れる人もいれば、そうではない人もいます。

どんな仕事でもそうだと思いますが、基本的には好きだから続けられるところがあります。特に役者は「お金もいらないので、とにかく作品に出させてほしい」というところからスタートするし、作品に関われること自体が幸せです。

でも一方で、続けていくには生活のこともちゃんと考えなければいけない。好きなことを仕事にして、自信を持って「こういうことをやっています」と答えるには、「どうすれば豊かになれるか」を考えなければいけません。

好きじゃないと続かないけど、それだけでは続かない。翔太、タカラを見ていると、少しでも豊かに毎日を送るにはどういう風に働いたら良いかを考えさせてくれます。

「『ソワレ』チームは頑固な人ばかり」

──あともう一つこの作品から感じ取れるものは、「逃げる勇気」が生きる上で大切であること。多くの人は、困難に立ち向かうことを強く訴えます。しかし昨今の自然災害やSNSの状況もふくめ、すべてに対して立ち向かったり、受け止め過ぎたりすると心を失います。タカラは父親の手から逃げ出せずにいたから、心が壊れていた。そして、その場から逃げたからこそ立ち上がっていけた。この作品からは、逃げる大切さを感じました。

これは私自身の話なのですが、学生のときにイジメにあっていて、そのことを親に言えなかったんです。でも親は、家に帰ってきた私の表情で気がついた。取り繕っている私に、「何かあったでしょ?」と尋ねてきたので全部を話したんです。そうしたら母親が「それなら、無理をして行かなくて良いから」と言ってくれたんです。

──そのひと言は助かりますよね。

そうなんです。それからは、逆にいろんなことにチャレンジができるようになった。絵を描く楽しさを知ったり、あらためて自分と向き合ったり。逃げる勇気の大切さを、あのお母さんのひと言で気づきました。逃げることって、実際には逃げていることにはならない。闘うための逃げなんです。何かをやることが面倒臭いから逃げる、とは違います。

私の実体験から言いたいのは、「逃げ」が普通に許されるということを知ってほしい。ここで無理をしてずっと同じことの繰り返しや負の連鎖にはまってしまうと、もっと迷ってしまうし、壊れてしまう。「逃げていいんだよ」って思います。

──撮影現場の様子についてもお伺いしたいのですが、制作陣、出演者陣も個性的な人ばかりですね。

『ソワレ』チームは頑固な人ばかり。作品づくりにおいて、確固たる気持ちで見据えているものがある。そういう姿勢の方たちに囲まれていたから、頑張れた部分があります。

──主演の村上虹郎さんの頑固さは、どういうところですか。

村上さんは、自分が見てきたもの、信じている言葉、それらをずっと大切に持っていらっしゃる気がします。信頼している人からもらった大切な言葉を、一言一句変えずに自分のなかに持っている。そういう部分で、良い意味での頑固さを感じます。

──外山文治監督は過去作を観ても、粘り強くワンシーンを撮っている印象があるので、いかにも頑固そうですよね。

そうですね、監督はかなり頑固です(笑)。テイクを何度も重ねていきますし、何があっても曲がらない。どんな状況でも「自分は監督としてここに立っている以上、やらなきゃいけない」という気迫を感じます。

「死ぬ気でやる」とおっしゃっていましたが、撮影が進むにつれてどんどん痩せていくので、「大丈夫かな」と本当に心配になりました。でもそういう監督だからこそ付いていくことができました。

──あと何と言っても欠かせないのが、プロデューサー陣の存在感の大きさですね。

豊原功補さん、小泉今日子さんは、役者ということもあって、映画に対して、そして演じる場に対しての感謝を持っていらっしゃる方々。どうすればその場所をもっと豊かにできるか、より自由に表現できるようになるか、それを考えていらっしゃいます。

これから出てくる若い役者や作り手のために、「映画ってこんなにおもしろいんだよ」と感じてもらえるようなチャレンジをしていて、必ず物事の先を見ている。ブレない、というところでの頑固さを感じます。

──豊原功補さんはプロデューサーとして作品の世界観を作り出す役割を担っていらっしゃいますが、印象はいかがでしたか。

豊原さんは、脚本の読解力がずば抜けています。「そんなこと、考えもしなかった」という視点で物事を見て、そして指摘してくださるんです。豊原さんは、選ぶ方向に迷いがない。絶対的に信頼できるものがあります。

──アソシエイトプロデューサーの小泉今日子さんは、誰もが知る国民的スター。でも東京でおこなわれた完成報告会では、現場で送迎のドライバーをつとめていたことなどが明かされました。芋生さんは、小泉さんにどんな言葉をかけられましたか。

小泉さんからは、「芋生はまあ、大丈夫だよね」という感じでした(笑)。以前にも舞台のお仕事をご一緒させてもらいましたし、そこでいろいろと見てくださっていたので、「今まで通りやれば良いよ」って。小泉さんは私にとって姉御という感じ。

──すごく良い関係性ですね。

いろんな世界を見てきた小泉さんが、映画をイチから生み出すことに挑戦されていて、自分も刺激になっています。私も映画作りを同年代とやったりしていますが、すごく大変ですから。だからこそ、小泉さんのチャレンジする姿勢は格好良いです。

──映画の内容面もそうですし、キャスト、スタッフにとってもこの先を感じさせる作品ですね。

そうなんです。私もできることなら、いま救いの手を差し伸べている人たちをみんな救い出したい。でも自分自身、まだ余裕がないし、これからどうなるんだろうという不安もある。

ただ、そんな私にとって『ソワレ』はお守りのようなもので、これを観ると「とりあえず、明日までがんばってみよう」と希望を見いだせる。路頭に迷っている人、どうやったら前に進前に進めるか悩んでいる人、そんな人たちに観てほしいです。

(Lmaga.jp)

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