バイプレイヤー宇野祥平、10キロ以上減量「役と自分がごっちゃになった」

映画やドラマで気付けばいる・・・役を感じさせないリアリティを生み出すバイプレイヤー、大阪出身の俳優・宇野祥平。安田顕主演で映画された戌井昭人の小説『俳優・亀岡拓次』の主人公のモデルの1人でもある存在だ。今年だけで12の映画作品に出演し、テレビではNHKの連続テレビ小説「エール」の熊谷先生役を演じている。

今回は、1980年代の未解決事件をモチーフとした土井裕泰監督が手掛けた映画『罪の声』(原作:塩田武士)で、事件の鍵となる存在を演じた宇野(以下ネタバレあり)。

子ども時代に、声が脅迫に使われてしまったことから人生が一変し、不運な人生を歩んできた生島聡一郎。主演の小栗旬も、土井監督も、現場に登場した際に驚いたという役作り。はたして、どういう思いで演じたのか。東京と大阪でのオンラインのインタビューをおこなった。

取材・文/ミルクマン斉藤

「僕より、監督の方が僕のことを知っているんじゃないかと」──大メジャーの東宝の試写室で、これだけ宇野さんがどーんと大きな役で、終盤を全部持っていくような映画を初めて見たような気がして、感無量だったんですよね。

いやいや。でも、脅迫テープに使われた3人の子どもの話ではありますものね。

──こないだ、土井監督とお話しさせていただいたんですよ。で、監督が原作を読んで、主役意外で最初にキャスティングをされたのが宇野さんだとおっしゃられて、なんて素晴らしいんだと。

僕もびっくりしました。面識もなく、お仕事も初めてなんです。

──主役以外で、真っ先にオファーしたのも宇野さんだったと。いざ撮影に入るというときにも、数週間で十数キロ痩せてこられたという話をお聞きしました。

オファーいただく前にたまたま原作を読んでいたんです。それで聡一郎さんのイメージが強く残っていました。身体が壊れていっているような、どう声をかけていいのか分からなくなるような、なんともいえない聡一郎さんになるには今の体重ではないなと思いました。

──この映画の聡一郎と同じくらいのお歳だと思うんですけれども、「あの事件」というのは記憶にありますか?

はい。お菓子食べたらアカンとか、「キツネ目の男」の似顔絵だとか、やっぱりそういうのはすごく残っていますね。

──宇野さんも大阪人だから、あれってやはり関西に住んでると、とりわけリアリティがありましたしね。今だったら絶対流行語大賞ノミネートですもんね。「かいじん21面相」とか「キツネ目の男」とか。

生々しかったですね。あのときは、(キツネ目の男の)似顔絵のポスターに出会うと、自分を見られているようで怖かったというのを覚えています。

──この映画における「聡一郎」は年代ごとに演じる俳優さんが異なりますよね。

幼年期を演じる聡一郎さんとは会えなくて残念だったんですけれども、青年期の聡一郎さんには、現場を見学に行かせていただきまして。お母さんとの別れのシーンを見に行かせてもらいました。

──それからの年月をどういう風に彼は生きてきたかというのを画からも匂い立たせなければならないですもんね。ずっと良心の呵責とかに苦しめられ苛まれ続けてきた人間のしゃべり方というのは、「あぁこういうものかもしれないな」と感じさせる。そうした鬼気迫る宇野さんのモノローグがこの映画の成功の要因のひとつであると思うのですけれども。そういうところで聡一郎の内面のキャラクター作りというのはどういう風に考えられましたか?

監督、那須田プロデューサーからオファーをいただいたときに、まず驚いたんですよ。原作を読んだときに、全然違う人生を歩んできたのに何か惹かれるものがあって。

言葉にするのは難しいんですが、自分に重ねた部分があったんです。僕は早くに母親を亡くしまして、母に対して後悔や失望のようなものがずっとありました。お会いしたこともないのになんで? 僕より監督の方が僕のことを知っているんじゃないかなと。

──記憶を喚起させる装置が働いたというか。

僕も関西で生まれて関西で育ったので、聡一郎さんと2歳くらいしか違わない時代で同じ空気を吸ってたはずなんで、自分の記憶を思い出すというか・・・そういう作業から、自分と向き合うところから始めないといけないなと思いました。

「みんなの力で、あの役が作りあげられられた」──終盤の記者会見シーンは原作よりもずっと大きく扱われています。まさに宇野祥平ワンマンショウで、監督はじめスタッフさんの全幅の信頼なくして撮れなかったものだと思うんですよ。

曽根さんにスーツを着せてもらうシーンと、あの記者会見が僕のクランクアップの日でした。まず、順番に撮らせてもらったのが大きかったですね。

──そうなんですか。映画としては珍しいですもんね、そういう順撮りは。まあ、そのあとのエピローグは別にして。

まず、阿久津さん(小栗旬)と曽根さん(星野源)の二人と、相生橋で待ち合わせしてるシーンが初対面だったんですね。今ふっと思い出したんですけれど、道頓堀の下の遊歩道をお二人が歩いてくるんですけど、僕が当時大阪に住んでたときはそんな遊歩道はなかった。総一郎と同様に久々に訪れたことで、いろんな記憶を思い浮かばせたんです。

──物語のなかの聡一郎も、大阪から流れ流れてさまざまな土地を巡った末、絶望の淵に立っていて。

あと、本当に不思議なこともあるんですよね。中華料理屋の三谷さんに聡一郎さんはお世話になっていた、ってお話なんですけども、僕の親戚のおじさんに中華屋さんがいたんですよ。そこで週末に働いたことがあったんで。京都も小学校に入る直前に住んだことがあったりとか。

──聡一郎も、あの事件に巻き込まれて京都に仕方なくいたこともある設定でしたよね。

なんだか不思議でした、自分でも役と自分がごっちゃになるっていうか。監督、小栗さん、星野さんはじめ、すべての部署のみなさんの力があって、聡一郎になれたように思います。これまでどんどん記憶が薄れていっていたことを、なんだか思い出していったという感覚はありますね。

──私たちの世代に刷り込まれている異様な事件によっていろんな記憶装置が働きやすい作品だったのかもしれませんね。ところで、土井監督との初めてのセッションはいかがでしたか?

一方的には映画もドラマも見てましたし初めてなんですけれど、最初にお会いしたときに、「いや、前から知っているんじゃないか?」っていう感じがして。監督はそう思ってないかも知れないんですけど、とにかく僕のことを僕より知ってくれているなと思いました(笑)。

初めて会った人に撮ってもらうより知ってる人に撮ってもらう方が心が開ける部分があるので、そういった気持ちでいることができました。

──この間、監督とお話させていただいたときに感じたのは、TBSのスター監督ではあるけど、おそらくずぶずぶのシネフィルなんですよね、土井監督って。だからいろんな映画で宇野さんのイメージは脳裏にこびりついていたのかと。

僕を知ってもらえてると思わなかったので、うれしかったです、ホントに。さっき、原作を読んで聡一郎さんに自分を重ねたと言いましたけど、まさかその役を僕に振られるとは思っていなかったんです(笑)。

(Lmaga.jp)

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