【野球】阪神・岩田稔「死ぬ気」で投げ抜いた16年、I型糖尿病患者に夢を与えた60勝

 阪神の岩田稔投手(37)が1日、兵庫県西宮市内のホテルで引退会見を行った。涙に暮れる姿を見ながら、昔聞いた話が一つ、一つとよみがえってくる。記録以上に記憶に残る選手。まさに「死ぬ気」で駆け抜けた16年のプロ野球生活だ。

 「オゥ?岩田、死ぬ気でやってんのか、責任を持って投げてんのか!?」

 岩田に思い出話を聞けば、真っ先にこの言葉を明かす。恩師で、現在も母校・大阪桐蔭の監督を務める西谷浩一氏の言葉だ。当時から迫力は満点。高校時代、ピンチになる度、打たれる度に投げ掛けられた。だが、そんな厳しい言葉の裏に、愛情を感じ取っていた。

 病は突然、高校2年の冬に襲った。2年秋の府大会で頭角を現し、準優勝。近畿大会でもベスト8に進出し、センバツの選考を心待ちにしていたころだ。1月。新年最初の練習締めに、恒例の3000メートル走があった。だが、背番号1を付ける左腕が2、3周と、トップから大幅に遅れている。練習を止めた指揮官は、容赦なく怒声を浴びせた。

 「エースがこんな気持ちじゃあ、練習をやる意味がないやろ!!」

 いきおいのまま飛び出した西谷のもとに、すぐ謝罪に来た岩田は切り出した。「言い訳になるんですけど…。風邪をひいたみたいで。病院に行かせてもらえませんか」。その言葉がさらに怒りを増幅させ、「初日から風邪ひくのもおかしいんじゃ!!」。そんな会話をした後、学校近くの病院に向かわせた。

 数時間後。西谷の携帯電話が鳴った。病院からだ。「血糖値の数値が異常です」。医師の言葉を理解するには時間が掛かった。糖尿病は大きく1型と2型に分かれるが、一般的に食べ過ぎ、運動不足などが要因とされる2型のイメージが強い。「なぜ?」。強い疑問を抱きながら岩田の両親に連絡し、西谷もすぐ病院に駆け付けた。

 「知識としてはあったんですけど、でも、まさか自分の生徒がって。この間まで普通にやっていていましたから。チームのこともそうですけど、どうしてやるのがいいんだと。分からなかったです」

 当時はまだ、30歳を過ぎたばかりの青年監督。経験のなさは、寄り添い、共に歩むことで埋めていくと決めた。「それしか方法がなかったんですよ」。西谷は自虐的に笑うが、その日から毎日、病院通いを日課にした。放課後の練習終わりに、ユニホーム姿のままで。当然、面会時間は過ぎていたが、「看護師さんにケーキを差し入れて(笑)」許しを得た。

 調子はどうだ、きょうはこんな検査でした。たわいない会話に合わせて、毎日1つ、差し入れを持った。硬式球や握力強化の器具、参考書…。「本人は最後に、20キロのダンベルを持ってきたって言うんですよ。絶対、作り話だと思うんですけどね。頑張れないやつに、頑張れとは言えない。行くしか、方法がなかったんです。励ます気持ちもあったと思うんですけど、それよりも顔を見ておきたくて」

 いまでは笑って話せるが、面会後は担当医を質問攻めにし、糖尿病の講習会にも参加した。毎日が必死だった。

 「あいつらしいんですけど…」。そう言って西谷監督は、岩田を形容する2つの秘話を明かす。2度の春夏連覇を含めて、7度の甲子園制覇は歴代1位。プロに在籍するOBも増え、出場する度に各地から差し入れが届く。「当然、どれもうれしいんです」。それでも…。

 「普通はみんな、業者に頼むんです。契約メーカーとかに。でも、あいつは絶対に自分で持ってきます。ホテルまで。大阪で近いのもあるでしょうが、僕はすごいと思います。律義なところですね」

 こんなこともあった。藤浪晋太郎、沢田圭佑(オリックス)と同期で、現在はホンダ鈴鹿に在籍する平尾圭太が、岩田と同じ時期に難病を患った。病名こそ違うが、励みになるのではと「時間ある時に、会ってやってくれないか」。電話で伝えると、その日のうちに病院を見舞っていた。「病気は、神様が乗り越えられる人にしか与えないんだ」。励ましの言葉とともに、グラブが添えられていた。

 あまたの高校からオファーを受けながら、大阪桐蔭に入学した理由は「甲子園に一番近いから」。あと一歩で届くという時に病を患い、夢はかなわなかった。でも、甲子園に出られなかった3年がプロ野球選手として16年、甲子園球場で野球を続ける道しるべにもなった。

 「俺がしっかり頑張らないと、1型糖尿病の子供たちの目標がなくなるんじゃないか。みんなの夢を壊してしまうんじゃないか。そんなことばかり考えていた」

 眠れない夜もあっただろう。酷使し続けてきた左肩に、多くの責任を背負ってきた。「肩の荷がおりた感じですね」。会見で見せた表情は穏やかだった。プロ野球選手として「死ぬ気」で生き抜いた16年、通算60勝に「少ないな」と笑ったが、目指してきたゴールにはたどり着いただろう。「病気には負けない。子どもたちに夢を与えたい」。そんなヒーローに、岩田はなった。(デイリースポーツ・田中政行)

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