【野球】野村克也監督の唐突な問いかけ「審判に一番大事なものは何だ?」 住職に転身した元プロ野球審判がたどり着いた境地

プロ野球審判から住職に転身した佐々木昌信さん=群馬県館林市の覚応寺
笑顔で選手交代を告げる楽天・野村監督(右)=フルスタ宮城(2006年7月15日)
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 プロ野球の審判として2414試合に出場した佐々木昌信さん(55)は住職に転身し、実家である群馬県館林市の覚応寺を守っている。29年間の審判時代にさまざまな経験や出会いを重ねてきたが、野村克也監督との問答は忘れられない思い出だという。ヤクルトを3度の日本一に導き、阪神、楽天などを率いた知将から伝えられた、審判に必要な要素とは。

  ◇  ◇

 唐突に投げかけられた野村監督からの質問に佐々木さんは面食らった。

 「ユマキャンプに行った時、監督と1対1で話す機会があったんです。自分は28か29歳でした。『審判に一番大事なものは何だと教わってるか』と聞かれたんです」

 1軍審判になって2、3年目の1997年ごろ、米アリゾナ州ユマで行われていたヤクルトキャンプに派遣された時の出来事だ。

 驚きながらも「人間性ですかね?」と返したところ、野村さんは「それは、もちろんや。それは何でも一緒や」と話を始めたという。

 「『俺が思うに、審判で一番大事なのは融通や。悪い意味でとるなよ、融通って言葉はこれから大事になるから、老いぼれのたわ言だと思って、頭の隅に入れといてくれ』と。若いから、悪い意味に取るかもしれないけど、プロ野球で融通の利く人間を見ときなさい、ということでした」

 「融通」を辞書で調べると「必要に応じて自在に処理すること」「臨機に物事を処理する」などのほかに、「お金を賃借する」という意味も記されている。

 「悪い意味に取るな」とくぎを刺された佐々木さんだが、「当時は、ゴマをすれとか、そういうことかなと思っていた」と言葉の意味を図りかねていたという。

 時は流れて2016年。楽天監督に就任した野村さんと球場内で話をする機会を得た佐々木さんは、今度は自分から尋ねてみたという。

 「野村さん、ヤクルト時代に何を言ったか覚えてますか。審判で一番大事なのは、何だと思いますか?」

 「それは『融通』や。俺はずっと思ってるからな。そうか、アンタに言ったんだったか。何人かにしか言ってないからな。で、どうや?」

 再び、野村さんから問いが投げかけられた。

 佐々木さんは、当時、真意が分からなかったと伝えた上で、自分なりの解釈を口にした。

 「例えば自打球が当たった場合。試合進行のために、その選手に早く打席に入れと、今は言ってません。痛いんだから、お互いさまだから、時間を取ってあげます。ベースを掃きながら、『大丈夫になったら教えてくれ』と言う。捕手にもお互いさまだからな、って言ってます。そういうことですかね?」

 ノムさんは「そういうことや」とニヤリ笑い「実践できてるのか、今年1年見させてもらうわ」と佐々木さんに言葉をかけたという。

 ベースがきれいな状態であっても、審判が融通を利かせて掃けば、3、4秒の時間が取れる。それによって自打球を受けて痛みにもん絶している選手は一息入れることができる。

 「野村さんは『ウチだけにやってくれってことじゃない。それは審判にしかできないんや、そういう積み重ねで信頼されるからな』と言われたんです。『それができないベテランもいるんや。俺らがタイムって言うと怒られる、審判が時間を取ってくれれば全てがまるく収まる』って」

 ボヤキ交じりに披露された「野村の考え」を、佐々木さんは昨日のことのように再現してみせた。

 アウト、セーフ。ストライク、ボール。審判の仕事は白黒をつけることが求められる。だが、判定とは別の部分において、融通を利かせることで円滑に試合が進むこともある。しゃくし定規に構えず、状況に応じて柔軟に対応せよ-。野村さんの言葉は時を経て佐々木さんの血肉となった。

 「僕も若い審判に伝えることがありましたね。打者が一塁に全力疾走して、ファウルで戻ってくる。息が上がってるのに、早く打席に入れってやるなよと。審判がボールをもらったりして時間を取ってやれと。お互いさまだからって言えばいいんだからって。『融通』って言葉は使いませんでしたけどね」

 野村さんとの問答を思い起こした佐々木さんは「今思っても、野村さんは面白いですね。忘れられないですよ。そういう会話をしたのは、野村さんだけですから」と懐かしんだ。

(デイリースポーツ・若林みどり)

 佐々木昌信 1969年8月6日生まれ。群馬県出身。大谷大学文学部真宗学科卒。外野手として3年秋に京滋大学リーグでベストナイン選出。1992年にセ・リーグ審判となり95年に1軍デビュー、29年間で通算2414試合に出場。球宴4回、日本シリーズ6回出場。2017年に第4回WBCに日本代表として出場。2020年に引退し同11月から実家である真宗大谷派覚応寺の第18世住職を務める。東都大学野球審判員。

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