老化細胞と老化細胞除去薬→30代から増え始めほとんど全ての病気の元→臓器や組織の中にたまる

 老化細胞とは、細胞が老化して分裂が止まり、本来の機能を果たせなくなっているのに体内に残ってしまった細胞のことです。通常は老化して分裂が止まった細胞は、自ら死んで壊れる細胞自死(アポトーシス)を起こすか、免疫細胞の働きによって除去されます。

 しかし、一部はこの仕組みをくぐり抜け、老化細胞として体内に残ってしまいます。皮膚のしわの発生や、記憶力の低下にも、この老化細胞が関わっていると考えられています。体内に残った老化細胞は老化促進物質を分泌して炎症を起こし、周りの正常な細胞をも傷つけ、老化細胞へと変えていきます。このようにして老化細胞は増加を繰り返し、蓄積していきます。蓄積した老化細胞は、体内の炎症や酸化ストレスを増加させ、臓器や組織の機能低下を引き起こします。

 老化細胞は高齢者だけでなく、若者や赤ちゃんにも発生することがあります。ただ、若い頃は細胞の新陳代謝や免疫細胞の働きにより、老化細胞が自然に除去されます。加齢により除去するスピードが追い付かなくなると老化細胞が蓄積し、実際に増え始めるのは30代頃からだと考えられています。また、食べすぎや過度なストレス、睡眠不足などの生活習慣は老化細胞の蓄積を早めることにつながります。

 老化細胞の蓄積は、臓器や組織の機能低下のみならず、さまざまな加齢性疾患の発症・進展にも関わることが明らかになっています。糖尿病や動脈硬化、アルツハイマー病やパーキンソン病、肺線維症や心筋線維症、肝線維症、腎線維症、眼の変性疾患、椎間板変性症や変形性膝関節症、骨粗鬆症などほとんど全ての病気の元と言っても過言ではありません。

 近年、老化細胞除去に効果を示す薬剤が続々と発表されています。数々の研究から、老化細胞を体内から取り除くことができれば、加齢性疾患の改善や健康寿命の延伸につながると考えられています。今後は老化細胞を除去することによる影響や、その実際の方法について、さらに研究が進むことが期待されています。

 私たちヒトの身体は、37兆個とも60兆個とも言われる膨大な数の細胞でできており、それらの細胞は日々分裂を繰り返しています。その過程でDNAが修復不可能なほど大きなダメージを受けたときに、細胞分裂を停止してがん化を防ぐ『細胞老化』と呼ばれる仕組みが備わっています。細胞老化は自分の体の細胞をがん化させないために、生物が進化の過程で獲得したセキュリティ・システムの一つです。

 通常、古い細胞が分裂を停止して新しい細胞に置き換わるときには、自ら死んで壊れるアポトーシス(細胞自死)を起こすか、免疫細胞に食べられて体内から消えますが、細胞老化によって分裂を停止した細胞の中にはなぜか死なずに、臓器や組織の中に残ってたまっていくものがあるのです。それが「老化細胞」です。「老化細胞(senescent cells)≒老化促進物質分泌(SASP)」の存在は数十年前から知られていたのですが、過度のSASPが慢性炎症を誘発し、がんや動脈硬化など、加齢で起こる病気を高率に発症させるという研究結果が近年発表され話題になっています。SASPは周囲の正常細胞の老化を引き起こし老化を加速させます。英ネイチャー誌では「分裂もしないが死にもしないこの奇妙な老化細胞」を「ゾンビ細胞」と表現しました。炎症を起こす物質を出して周囲の細胞の老化を加速させて仲間を増やし、組織や臓器の機能を低下させるゾンビのような細胞という意味です。

 この老化細胞を除去する薬やサプリ(セノリティクス=老化細胞除去剤)の研究は、いまや第一線の研究分野となっていますが、東京大学の中西教授が発表した「GLS1阻害薬などによるセノリティクス効果」という論文に関し、疑義が起きており、いま大騒ぎになっています。中西教授が発表したセノリティクス効果があるとする「GLS1阻害薬」「抗PD-1抗体」の2種を、大阪大学の原教授らが再検証したところ、その効果が確認できなかったのです。原教授は、日本のセノリティクス研究の大御所です。その先生たちが「中西先生が言ってる2剤には効果がないかも…」「中西論文、怪しくねぇか?」となったのですから大騒動です。

 さらに複数の研究機関による再現実験でも、中西教授の薬剤処理では報告があったマウスの肝臓・肺・腎臓における細胞老化マーカー(p16INK4a)の発現レベルの低下は確認できず、また外見上の変化や老化関連運動機能の改善も認められなかった。さらに、複数の研究機関で独立して行った培養細胞を用いた実験においては、GLS1阻害剤は老化細胞に特異的に作用するというわけではなく、非老化細胞(コントロール細胞)にも影響を与えるというデータまで発表され、中西教授の研究成果はますます窮地に立たされます。

 あらゆる研究において実験の結果は最後に統計学的に処理され、初めてその功罪が明らかになるものです。今回の研究において、中西先生が実験に使ったマウスと、それを検証した他の研究で使用したマウスに違いがあったとしたらどうでしょう。今回の実験では、老化細胞が増えたマウスを2群に分け、「何もしないマウスvs試験薬剤投与マウス」で比較するのが正しいのですが、実験担当者が、試験薬剤を与えるマウスを認識できるか否かという、そもそもの問題が解決できていません。

 わかりやすく言えば、試験薬剤を与えるマウスに何度も「がんばれよ」と声をかけたり、薬剤を投与する前に拍手を打ち鳴らす。まるで池の鯉に餌をやる時のように刺激を与える。一方で何もしないマウスのケージは照明を暗くするなどの行為をしても、それは論文に記載されることはありません。本来はプラセボ(偽薬)を使い、比較する2群の環境を全く同じにすることは、実験の基本中の基本ですが、原先生の論文(https://link.springer.com/article/10.1038/s44319-026-00740-5)では、プラセボ使用の有無の記載がないため、本当にブラインド・テスト(中立試験)が行われたのか明らかではありません。

 問題はp16INK4aの測定はどこで誰がやったのか?それぞれの研究所が測定したのか?一か所に集めて測定したのか?測定は目隠し(ブラインド)状態でされていたのか?などは書かれていません。(測定が3か所バラバラというのは、研究者の技術の差が出る)とはいえ、多施設共同研究という方式でマウスの試験をやっているので、研究の信憑性は高いと言えます。

 原先生たちの実験結果は発表前に中西先生サイドにも送られ、中西先生は「P16の解析方法が違う」といった反論論文も同時に発表されています。中立の立場で見て、1.原先生たちの詳細な試験デザインが分からない。2.中西先生の言う「p16の測定法」とは何か分からない。この2点から両者の審判は不可能です。過去の「STAP細胞」「線虫がん検査」と同じく、発表時にすぐ同業の研究者が不審に感じるような研究成果は、そのほとんどが消え去ったというのがこの業界の常ですが、老化細胞を除去するセノリティック薬は、健康寿命の延伸を目指す新たな治療戦略として大きな注目を集めているのは事実です。

 今回のような「中西vs原」の様相を呈した研究の火種は、異なる研究機関で独立した検証と共同研究の両面から検証した点にあります。マウスの個体差や実験時の環境の違いを最小限に抑えた信頼性の高いデータが得られた点は注目に値すると思われます。本研究の成果は、これまで報告されてきたセノリティック薬を全て否定するものではありませんが、その解釈には慎重さが必要であること、そして臨床応用に向けてより再現性の高い厳密な検証が不可欠であること示しています。

 この先、本研究の成果がより信頼性の高いセノリティック薬の開発に向けた基盤となることが期待され、もし成功したら「不老不死」も夢物語ではなくなりそうですね。

 ◆松本浩彦(まつもと・ひろひこ)芦屋市・松本クリニック院長。内科・外科をはじめ「ホーム・ドクター」家庭の総合医を実践している。同志社大学客員教授、日本臍帯プラセンタ学会会長。

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