サッカー元日本代表 プロ1年目で退団を決意した理由はパシリとイジメだった 7年後に日本をアジア杯Vに導く芸術的ボレー

 元サッカー日本代表の李忠成さん(38)が、プロ入り初年度に自ら”クビ”を申し出た過去を明かした。YouTubeチャンネル「SHOVEL SPORTS」で公開中のインタビュー動画で、2004年にJ1東京のトップチームに昇格した当時のことを振り返った。

 中学3年時に東京ユースに飛び級で入るなど、有望株として期待されてプロになったが「まったくサッカーが通用しなかった」。クラブ内に自分の居場所がないと思い詰めた結果、先輩選手の小間使いを積極的に買って出る役回りになってしまった。

 「プロ1年目はずっとパシリしてましたね。みんなうそでしょっていうけど、当時の先輩に聞けばわかりますよ」

 小間使い役だけでなく、イジリと称したいじめ行為もあったことも動画内ではほのめかしたが「みんな笑ってるからいいや、っていうようになる」と当時は我慢してしまったという。

 「10カ月くらいたって、何やってんだろうと、パシリをするためのプロサッカー選手になってないっていうことを気づいて、そのとき自分と会話するんですね」

 考え抜いた結果、もう一度人間力をつけ、きちんとした社会人になろうということを決めた。そしてそのオフのクラブとの契約交渉の席で、まだ2年残っていた契約について異例の申し出をするに至った。

 「パシリをするために僕生まれてきたわけじゃない、ということを言って、契約を解除しました。サッカー選手を1回辞めて、大学に入ろうと」

 大学受験のためにしばらく勉強を続けていると、柏から連絡が入ったという。小間使い役、いじめられ役としての立場が確立してしまった環境さえ変えれば成功する、と説かれて契約するに至った。「自分との対話をちゃんとするようになっていたので(移籍後は)嫌ならNOと言うような境界線はしっかり張れていた」。2011年のアジア杯決勝で、日本代表を優勝に導く左足ボレーを決めた名手だが、輝かしいキャリアの序盤に大きな岐路があった。

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