【阪神ドラフト選手特集・木下里都(下)】大学で投手転向し4年目で覚醒-闘争心前面に出し初完投初完封

 福岡大時代の木下里都
 投手に本格転向した福岡大時代の木下(家族提供)
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 10月のドラフト会議で阪神から指名を受けた9選手(1~5位・育成1~4位)の連載をお届けする。今回はドラフト3位・木下里都投手(23)=KMGホールディングス=が、投手に転向し覚醒した福岡大時代を振り返る。

  ◇  ◇

 甲子園出場経験もなく、無名の存在だった木下は、福岡大進学直後に壁にぶち当たった。「彼が入ったときの内野手が、同級生にうまかったのが多かったんですよね。先輩も含めて。本人はピッチャーの方が生き残れると思ったんじゃないですかね」。福岡大野球部・堀壮太監督(43)が証言するように、1年夏に自らの意志で投手に転向。この決断が野球人生を大きく変えることになるが、3年までは鳴かず飛ばずだった。

 「球は速かったですけど、リーグ戦で投げさせてもボールばっかりだったし。フニャフニャしてましたね。本人の自覚さえ出れば、絶対に良いピッチャーになると思ってましたが」。進路希望も一般就職だったが、3年秋の監督面談で「4年の春にはチームの役に立ちたい」と決意を示してから、野球との向き合い方が一変した。同級生エースが利用していたジムに通い始め、体の使い方を見直した。

 4年になると、人が変わったように闘争心を前面に押し出すようになった。九州六大学野球春季リーグの久留米大戦で初先発すると、1安打10奪三振で初完投初完封勝利。最速は149キロをマークした。

 「若い子にスイッチが入ると、こうなるんだと感じました。3年生まではほぼチームの戦力になってなかったので」。6月の全日本大学野球選手権・上武大戦では、先発して5回無失点。リリーフが打ち込まれて逆転負けを喫したが、「ベンチでものすごい顔をして、声を出してました。やっとこういう負けん気が出てきたんだと。こうなれば後は自然と伸びていくよなという感じですよね」と堀監督は覚醒を確信したという。

 4年夏にプロ志望届を提出するか悩むことはあったが、地元のKMGで社会人野球に進むことを選択。ソフトバンクでコーチ歴もある加藤伸一監督(59)のもとで進化を続け、最速を156キロまで伸ばし、プロへの扉を開いた。

 関西に拠点を移すため、生まれ育った福岡を初めて離れる愛息に、母・美佳さん(54)は思う。「いつも本当にいい仲間に囲まれて。私も応援に行くのが楽しいくらいいいチームばっかりだったので、きっと次もそんなところで頑張れるんやろうなと安心してます」。人が集まり、人に恵まれることを願って名付けた「里都」。来年からは甲子園を埋める大観衆を魅了する存在となる。

 ◇木下 里都(きのした・りと)2001年1月27日生まれ、福岡県出身。183センチ、90キロ。右投げ右打ち。投手。最速156キロ。変化球はカットボール、ツーシーム、カーブ。小学1年で野球を始める。福岡舞鶴では主に遊撃手で、福岡大1年夏から投手転向。卒業後、KMGホールディングスに進み、阪神からドラフト3位指名を受ける。好きな歌手はback number。特技は習字。趣味は釣り。

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