野球との運命的な出会い スリランカからやってきたサムライが球児たちへ贈る言葉

 「夏の甲子園」が開催されなかった今年の夏休み明け、高校球児はいったいどんな気持ちで新学期を迎えているのだろうか。絶対に甲子園に出たい!という気持ちに燃えたのにかかわらず、それができなかったのは球児たちが悪かったわけではなく、新型コロナウィルスの影響で止むを得ずに大会を中止になった。けれど、甲子園球場のグラウンドを踏む方法はいくつもあって、今年の大会中止で諦めてほしくない。そう提言したのは、史上初の選抜大会外国人審判のスジーワ・ウィジャヤナーヤカ氏(37)だ。

 スジーワ氏はスリランカ生まれのスリランカ育ち。高校入学の頃に、それまでやってきた主流スポーツであるクリケットをやめて、新しいスポーツにチャレンジしようとし、野球部に入部した。そして高3の時に運命的な出会いに巡り合わせて、今の自分がいるとスジーワ氏は振り返る。国際協力機構(JICA)のプログラムに参加していた日本人の植田一久さんがスジーワ氏に野球だけではなく、大和魂を熱心に教えてくれたことでさらに日本に興味を持ち、来日を考え始めたという。そして、2006年に立命館アジア太平洋大学に入学し、新しい生活が始まった。

 大学の野球部に入りたいスジーワ氏はいくつかの超えられない壁に直面した。まずは言葉の壁。そしてもう一つは、スリランカと比べて日本の野球のレベルが違うこと。選手として野球の道は閉ざされたけれど、このスポーツに繋がっていたい気持ちはなくならなかった。むしろ、野球熱はさらに高くなった。2007年に知り合いを通して、宮崎県で審判講習会があることを知って参加。講師陣の中で、国際大会の審判経験を持つ方の丁寧なサポートで言葉の壁を乗り越えて、講習会を無事に完了した。

 社会人になっても休日は必ず球場に行き、少年野球や草野球の審判をし、経験や技術が向上するにつれ、どんどんレベルの高い野球の審判を経験することができた。そしてなんと、明治神宮球場で行われた2010年の世界大学野球選手権大会や東京ドームで行われた2012年の都市対抗野球大会にも参加することができた。また、2015年の選抜高等学校野球大会(春の甲子園)の審判員にも選ばれた。それは、スジーワ氏が勝ち取った権利ではなく、大和魂である「犠牲バント」をしてくれた福岡県の審判の方々のおかげだと、スジーワ氏は断言する。

 というのは、センバツの審判は都道府県が各自で決める代表者。それぞれの都道府県は、数年に一回、一人の審判を送り出す権利があり、しかも50歳という年齢制限もある。その時の福岡県代表審判候補者は157人がいて、その中でラストチャンス(つまり、40代後半)の方は何人かがいた。しかし他の候補者は「スジーワさんにチャンスを」と己を捨て、スリランカからやってきたスジーワ氏を送り出すことを全員で決めたという。

 「甲子園は僕の夢だった。パワースポットであり、夢を与えてくれる場所だ。あの経験は一生忘れられません。福岡県の審判の方々がしてくれたことに感謝でいっぱいです」

 スジーワ氏は自分に注目してほしいと一切思わないで、常に恩返しを考えている。少しでも暇があれば、いろんな球団の不必要になった古い野球道具を集め、自分の家で清掃し、本国へ送っている。また、2012年にスリランカで初の野球場の建設計画に参加した。その球場名は、日本スリランカフレンドシップ球場という。毎年、帰郷して西アジアの野球大会や審判講習などに取り組んだり、少年少女の野球レッスンをしたり、自分の全てを野球や世界平和にささげている。だって、本来なら敵同士の国が野球場でルールに沿って礼儀正しくお互いと対戦しているのが、平和への大きな一歩だとスジーワ氏は考えている。

 あのセンバツの経験から、スジーワ氏は現在、東京に移住し、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の副テクニカルオペレーションマネージャーに就いた。普通なら、こういう役職は開催国の人に与えられるが、情熱や誠実さにあふれているスジーワ氏に任せられた。スリランカはこれまでオリンピックを開催したことがないし、現実的に考えると、これからも開催の機会がないだろう。スリランカ人がこうやってオリンピック委員会に選ばれたことはまれであるといっていい。

 スジーワ氏はこれが恩返しをするチャンスだという。日本に感謝の気持ちを伝えるチャンスであり、スリランカが少しでも注目されるチャンスでもある。「今年はオリンピックを開幕することができず、甲子園の高校野球もできず、残念です。しかし、このピンチから大きなチャンスに変えるのは一人ひとりの使命だ。高校球児として憧れの甲子園にいけなかったとしても、人生は長いですし、いろんな方法はまだ残っています。プロ野球選手、高校野球監督、阪神タイガースのスタッフ、審判、可能性はいっぱいある。各々、ビジョンを持ち、夢を持ち続けて、実現するまでにずっと行動する。少しずつその夢へ近づいていって、今年できなかったことよりも何倍も最高の経験をしてほしいと思います。がんばれ、球児たち」

 筆者はスジーワ氏の取材を通じて、たくさんのことを学ぶことができた。なんと言っても、野球の力はすごい!これからも阪神タイガースだけではなく、少年野球からプロ野球、携わってくれている全ての方々に感謝しながら、応援していきたい。

 ◆トレバー・レイチュラ 1975年6月生まれ。カナダ・マニトバ州出身。関西の大学で英語講師を務める。1998年に初来日、沖縄に11年在住、北海道に1年在住した。兵庫には2011年から在住。阪神ファンが高じて、英語サイト「Hanshin Tigers English News」で阪神情報を配信中。

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