勝つことに意味がある

 【8月4日】

 世界一強い男、幾人かとプライベートでお話させてもらったことがある。彼らに共通して言えることは恐縮するほど腰が低いこと。おおらかなこと。ほんまに強い人ってそうなんだといつも感じる。

 東京五輪でデイリースポーツの評論を担うボクシング元世界王者の長谷川穂積とは何度か食事させてもらったけれど、その度、自分のちっぽけさがよく分かる。

 強い男は、強いからおおらかなのか。おおらかだから強くなったのか…なんて考えたりもするけれど、逆に弱い男ほど虚勢をはり、自慢し、マウントを取りたがるものだ…と自戒を込めてみたり。

 「いえいえ、自分なんて弱い人間ですよ」

 柔道界で世界を獲った男が僕にそう言って笑ったことを時々思い出す。アテネ五輪男子100キロ超級金メダリストの鈴木桂治だ。

数年前、縁あって新井貴浩から紹介された柔道家は、それこそおおらかで、物腰柔らかく…今回はそんな鈴木の「筆」に共感したハナシを書きたい。

 「オリンピックは勝つことに意味がある」-。

 鈴木は東京五輪開幕にあわせ、ツイッターを更新、自身のコラム「メダルノムコウ」でそんなタイトルの文章を綴った。

 「私が選手たちへ送るエールとして伝えたいのは、『無理やり楽しもう、という考えをもつ必要はない』ということだ。オリンピックはまったく楽しいものではないし、緊張感やプレッシャーで押しつぶされそうになるのが当たり前だ。無理やり『楽しんできます』と虚勢を張る必要はない」-。

 この夜、新井がTV解説した五輪野球競技「日本対韓国」を観ながら鈴木の言葉を思い起こした。宿敵との大一番で五輪を楽しんでいる侍はいなかったし、それゆえに見る者の心を打った。勝つ為の「努力」こそ尊いとする五輪の精神を理解する一方で国技ともいえる競技において「勝敗は二の次」と考えるアスリートはいない。

 岩崎優がよくあのピンチを1点で抑えた。殊勲打の山田哲人をベンチで出迎える岩崎の嬉しそうなこと。彼のあんな破顔、初めて見た。これぞ国を代表する戦い。それこそが日韓戦なのだろう。

 侍はみんな「楽しく」はなかったはずだ。けれど、重圧で押しつぶされそうな舞台を戦った彼らには経験者ゆえの逞しさが備わる。

 「オリンピックは通過点で出場することに意味があるという人もいるかも知れないが、私はオリンピックは『勝つ』ことに意味があると声を大にして言いたい」

 鈴木はそうも書いている。

 3日スペインと死闘を演じたサッカー五輪代表監督の森保一は、「オリンピアンであるかメダリストであるか、大きな違いがある」と語り、3位決定戦へ必勝を誓った。これはまさに鈴木の信念と重なる。もちろん、アンダー世代の偏った勝利至上主義を助長するものではない。

 さあ、悲願の金メダルへ。オリンピアンの矜持をもって世界一の侍になってほしい。=敬称略=

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