楽しそうなノック

 【8月16日】

 京セラドームで矢野燿大が勝利インタビューを終えても甲子園の熱戦はまだ続いていた。高校野球3日目の第4試合である。小松大谷が高川学園にサヨナラで敗れたのは21時40分だった。

 今大会、小松大谷に注目していた。難しい理由はない。常勝星稜が途中辞退した石川県の代表チームがどんな野球をするのか。そこに興味があった。5点のリードを守り切れなかったナイトゲームを眺めていると、酷だけど思い出したのは7年前の夏。8-0で星稜にリードしながら九回裏に9点を失いサヨナラ負けした14年の石川大会決勝…。そして、2年前の決勝でも、小松大谷は奥川恭伸擁する星稜と対戦し、同点の九回に満塁被弾。あと一歩で甲子園を逃した歴史がある。小松大谷野球部の施設には、14年の大逆転サヨナラ負けを報じた紙面が貼られ、ナインが糧にしているそうだ。

 あの夜、モニターで阪神戦と小松大谷のゲームを交互に観ながらコロナ禍で夢を閉ざされた星稜ナインの気持ちを想像した。いや、想像しても正確には書けない。唯一心が通じるとすれば初戦で涙を飲んだ小松大谷の選手だろう。試合後、主将の木下仁緒は、「(星稜に対する)思いがあったので頑張ることができた。ありがとうを伝えたいです」と話した。

 星稜の山下智茂名誉監督が長年本紙に寄稿くださる関係で、かねて星稜野球には肩入れがある。星稜がなぜここぞの土壇場に強いのか。逞しいのか。聖地を去った小松大谷の無念を思いながら、あらためてそんなことを考える。

 コロナ禍で消えた甲子園大会を描いた『あの夏の正解』(早見和真著=新潮社)を読めば、星稜監督の林和成が自軍の練習について語るくだりが見つかる。

 「星稜はいつもこんな楽しそうにノックをしてるんですか?」

 著者がそう問うと、林は…

 「練習でプレッシャーを感じてしまう選手って、結局試合でも感じてしまうことが多いと思うんですよ。無理にそれを打破させようとするのではなく、本番で動ける状態をつくってあげることが練習の本質だと私は思っているので」

 そんなふうに答えるのだ。

 昔から強豪校のノックといえばお決まりは「鬼ノック」。白い歯なんてとんでもない。僕もそんな光景を取材で何度も見てきたので林のアンサーに「なるほど」そんなスタイルもあるのかと…。指導者によって方法論は違うし、○×を書くつもりはない。ただ「勝つこと=◎」とするならば、2年前に甲子園で準優勝した林のスタイルはひとつの正解といえる。「楽しそう」に練習に励む星稜流…同日のDeNA戦で5勝目を挙げたヤクルト奥川の笑顔だって、ルーツはきっとそうなのだろう。

 「みんな不安なんよ。自信満々でいける人なんて、そんなにいないから」。それこそ、おとといの勝利インタビューで矢野はそう語っていた。矢野野球の本質を思い起こせば、鬼ノックの類はない。楽しもう、虎。活路はやはりそこにあるような…。

=敬称略=

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