勝てんかったら価値もない…

 【8月26日】

 七回無死一、二塁で中野拓夢が打席へ向かう。リードは3点。相手はチーム打率セ・リーグNo.1の打線だから何とか追加点を…。阪神ベンチはバントのサインを送った。しかし、中野は2度失敗…。

 初球ファウル、2球目もファウル。矢野は渋い表情だった。しかし、この競技のオモシロいところは、ときに失敗が成功以上の結果をもたらしてくれることがある。フルカウントから、中野は会心のタイムリーをかっ飛ばし、リードを4点に拡大。一挙3点のイニングをつくり、試合を決めた。

 その中野は八回にもタイムリーを放ち、終盤の殊勲者になったわけだけど、本人から会心の笑みがこぼれなかったのは、バントを決め切れなかったから?いや、帳消し以上だろう…などと、ぶつくさ言いながら当欄を書いている。

 「勝負のあや」となるバントでいえば、甲子園の準々決勝で見応えのあるシーンがあった。

 智弁対明徳の九回裏である。

 1点を追う智弁は1番の垪和拓海がヒットで出塁すると、監督の小坂将商はバントのサインを送った。ここで2番の森田空はバントの構えからヒッティング。バスターを成功させ、無死一、二塁とチャンスを拡大。「今大会最強」の呼び声高いクリーンアップへ繋ぎサヨナラ勝利を演出したのだ。

 小坂は試合後のインタビューで「選手に助けられたなという思いです」と語り、あのバスターの場面について、「バントのサインだったんですけど、(相手野手が前に)出てきたらバスターをかませ!と初回から言っていたので…」

 状況に応じた選手の判断によるヒッティングだったという。

 敗れた明徳の監督・馬淵史郎が悔しげに甲子園を去った。名将の考えで印象深いものがある。

 『心ゆさぶる 魂の言葉』(=英和出版社)という本に、「馬淵史郎の教え」が掲載されている。

 「たとえば、1点ほしい場面。バントのほうが確率が高いと思えばバントするし、ヒッティングのほうがいいと思ったら打たせる。相手投手、こちらの打者、相手の守備隊形にくわえて、セオリーや経験、すべてが判断の基準になるので、正攻法だったり、奇襲をしかけたり。勝負事は数字に弱いと勝てないんや」

 野球は「確率のスポーツ」と説く馬淵は続ける。

 「松井5敬遠の試合もそうやった。松井と勝負するならインコースしかないが、詰まってもホームランになる確率があった。しかし下位打線に強力な打者がおらんので、確率を考えて勝負を避けたんや。オレなど勝てんかったら何の価値もない」

 昼も夜も勝負のあや、バントのドラマが胸に刻まれた一日になったわけだけど、ゲームマネジメントは「野球は失敗のスポーツ」である前提でなされるものだ。我らが阪神はミスも出たが、首位を守った夜である。「失敗しながらチャレンジして何とか次に繋げていきたい」。試合後、そう語った矢野燿大の心を思う。=敬称略=

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