歓迎!エースの矜持

 【7月1日】

 誰だろう?この美しいおかあさんは?今春2月、高知・安芸球場の長い階段から練習を眺めていると、隣でお子さん連れの女性がグラウンドを指さし、何やらつぶやいていた。選手のご家族かな…

 「チェンの奥さんだよ」

 評論家の仕事で来ていた藪恵壹が教えてくれた。コロナ禍の制限もあって、安芸2軍キャンプの観客はまばら。そんな中、旦那さまの練習メニューに合わせ、熱心に動き回るチェン夫人、そして、ジュニアたちの姿があった。

 今週、阪神はチェン・ウェインとの契約解除を発表した。36勝を挙げた中日時代のチェンを知る虎党の期待は大きかった。それだけに裏切られた感は大きい。昨季だって、もしチェンがローテでいくつか勝ってくれれば…そう考えれば残念だし、何より獲得に動いた球団も無念。高い買い物だった…そう嘆いているはずだと思い取材してみると、リアクションは概ね予想とは異なるものだった。

 「彼がタイガースに残してくれた財産は大きいんですよ」

 そう語るファーム関係者によれば、姿勢も、信念も、矜持も、希少なお手本だったという。

 チェンはMLB時代の経験も阪神に還元した。「メジャーでも一流はよく練習する。タイガースはまだ足りない」。球団幹部との話し合いで忌憚なく説いたこともあり、チェンの進言で投手の練習メニューを一部変えたという。

 「財産」といえば、現役の虎投でそれを残せる者が出てきた。

 この夜、七回の攻撃前だった。1点を追う局面、矢野燿大は青柳晃洋の代打を準備させた。降板を伝達した投手コーチ福原忍は、何度も青柳の肩をさすっていた。取材が叶わない今、僕はこのシーンだけを見て想像するしかないわけだけど、青柳は明らかに不服そうに見えた。7番から始まるこの回の攻撃、青柳はベンチでバッティンググローブをつけていた。つまり、打席へ向かうつもりで。

 六回を投げて95球。1失点。青柳は七回も、いや最後まで投げるつもりでいた。これも想像でしかないけれど、青柳の顔には「なんで?」と書いてあった。僕はうれしくなった。これぞエースだと思った。俺が任されたゲーム…そんな気骨を感じられただけで、勝敗度外視で頼もしくなった。

 このシーンを眺めながら、ここ名古屋で大野雄大と投げ合った1カ月前の青柳を思い出した。

 あの試合は0-0の九回、2死で打順が9番に巡ると、矢野は青柳をそのまま打席へ送った。裏に失点すれば大野に完全試合を許す局面で、それでも、矢野は青柳に代打を送らなかった。このとき僕は書いた。矢野が青柳を「絶対エース」と認めたのだと…。

 同点と、1点ビハインドでは、戦術は変わる。しかし、理屈じゃ片づけられないのが「プライド」というやつだ。青柳はそのプライドを携えてもいいだけの結果を残してきた。俺はまだ投げる-いいじゃないか。後にこのシーンを振り返ることがあれば、矢野だってきっとうれしくなる。=敬称略=

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