審判が退場すべきですね
【7月21日】
今夏も高校野球の地方大会を観て回っている。球児たちが青春、いや人生をかけて挑む一発勝負は胸が熱くなるし、どっちも勝て-とエールを送りながら、暑さを忘れ楽しませてもらっている。
どっちのチームにも肩入れのない取材者の立場で、きょうは、近年ずっと感じていることを問題提起として書きたい。
「審判が主役」になるゲームは要らないということである。
硬式野球の審判講習を受け、球審の経験も30試合以上あるので、少なくとも未経験者よりはその難しさを知るつもりだ。人間の目だから誤審はつきもの。それも含めて野球だし、それも含めて醍醐味…だとしても、その1球に情熱を燃やす球児を明らかに落胆させる低レベルのジャッジは、減らす努力をしていかなくてはならない。
僕が見た地方大会においても、ここに書くのも憚られるほどの酷いジャッジがある。これを「審判は絶対だから」と教え子に説くのは指導者、教育者としても心苦しいだろうと察する…そんなレベルのものが実際に散見されるのだ。
NHKが全試合放送する甲子園大会とくらべ、地方大会は人の目による「チェック機能」も少なくなる。最近は動画配信も発達しているので、ぜひ、放送局や関連会社にお願いしたいのは(1試合に2台も3台もカメラを配置できない事情は聞くが)できればプロ野球中継と同様のセンターカメラからの中継を増やしていただきたいということ。地方大会だから仕方ない-そんな「あきらめ」を業界でも耳にするけれど、それを言えば、打開策は永久に生まれない。
審判はリスペクトされるべき-少年時代に教わるこの観念は本来高校、アマ時代に高められ、プロでも同様であるのが理想だが、果たしてそうなっているか。
かつて僕が観戦したMLBにおいて、イチローが審判の判定に激高した試合があった。
「きょうの場合、審判が退場すべきですね」
冷静な男が試合後そう吐き捨てたのは我を忘れた愚行ではない。自らの発言にどれだけの影響力があるかを知ったうえで意図的に提起したものだと僕は受け取った。同試合で冷静さを欠き、最も興奮していたのがこの審判であることは明らかで、誰も見たくないボールパークの主役を演じていた。
MLBコミッショナーのロブ・マンフレッドが先月、スポーツ専門局ESPNのインタビューの中で、24年から「ロボット審判」を導入する方向を明かした。2年後である。時間短縮が導入理由だそうだけど、果たして本意がそこだけにあるのか…興味がある。
一方、NPBにはトラックマンと連動した審判技術向上アプリがあることをご存じだろうか。「人がやる魅力」を推したい僕は、ジャッジの技術を高める努力を、日本の野球界なら突きつめられると信じる。いま大人ができること…その議論をコロナ禍の制限下で懸命に前を向く球児の為にも、ぜひお願いしたい。審判が主演のゲームは見たくない。=敬称略=