俺のせいにしていい

 【8月16日】

 2点を追う九回、植田海が挑んだ。2死一、三塁。山本泰寛の代走として一塁走者となったスペシャリストは、初球にスタートを切った。絶対に失敗の許されない局面のチャレンジ。見事だった。

 八回は島田海吏が挑んだ。4点を追うイニングの先頭で三塁前へセーフティーバント。村上宗隆が懸命に一塁送球するも、島田の足がわずかに勝った。敵将のリクエストも実らず、チャンスメーク。得点はならなかったが、このチャレンジも、見事だった。

 2人の快足を奪われた猛虎の、苦しいときの足を見たい。連敗が伸びた中でなおさら思った。

 この日、広島球団が佐々岡真司監督、選手、スタッフら11人が新型コロナウイルスの陽性判定を受けたと発表した。神宮で戦う阪神そしてヤクルト両球団にとってももちろん、他人事ではない。

 どれだけ神経質になって予防してもウイルスは不意に襲う。しかし、感染爆発による戦力低下で負けが込めば、それでも「なんとかせぇ!」と容赦ないのがこの世界である。飛車も角も金も銀も抜きで勝てるほど、プロ野球は甘かない。それで勝てるものなら、そもそも彼らは飛車や角じゃなかったことになるのだから。

 投手陣の飛車・角といえば、青柳晃洋である。その彼がコロナ禍で不在だった開幕の頃は振り返りたくない。攻撃陣の飛車・角といえば、大山悠輔、近本光司がそうだけど、彼らが離脱したこの夏場は、きっと、のちに振り返りたくない季節になるのだろう。

 コロナ禍に苦しむカープはこの夜、ヘッド兼外野守備走塁コーチ河田雄祐が監督代行を担ったそうだ。河田といえば、ヤクルトコーチ時代に「走塁改革」について、聞かせてもらったことがある。

 「足が速い選手だけが走るチームじゃいけない。外国人選手も含めて、チーム全員が同じ意識を持ってもらわないといけない」

 近本と中野拓夢、希少な快足の二駒が離脱している阪神の戦いを見ながら、この言葉を思い返してみる。ヤクルトは2試合連続完封を喫していた青柳の攻略へ随所に足も絡めて挑んできた。トンネルを抜けるために不可欠な走塁、足…その二枚看板が不在の阪神が苦しんでいる。穴を埋めるには…。

 そういえば、この日は神宮球場の放送席にヤクルト、広島OBの笘篠賢治が座っていた。広島コーチ時代によく話を聞いた笘篠のエピソードが懐かしい。

 00年にトリプル3を達成した当時カープの金本知憲は「30盗塁に関しては笘篠さんが背中を押してくれたおかげ」と話していた。金本に限らなかった。守備走塁コーチだった笘篠はカープ戦士に度々伝えた。

 「失敗したら俺の責任でいいから。俺のせいにしていいからどんどん走れ」

 盗塁に限らない。積極的に、前のめりで次塁を狙え。失敗すれば「笘篠さんから『行け』といわれました」でいいんだ、と。聞いて勇気がわく。重い扉をこじ開ける足をどんどん見たい。=敬称略=

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