チカに伝えてください
【6月27日】
あれ??プレーボールから15分後にテレビをつけたファンは声をあげたかもしれない。初回無死一塁から中野拓夢への初球にランエンドヒット。スタートを切ったのは島田海吏だった。
リードオフマン近本光司が今シーズン初めてスタメンを外れた夜。いきなり機動力で一、三塁をつくると、ベンチの近本が力強く拍手を送っていた。
彼のベンチスタートは昨年9月末以来である。指揮官・岡田彰布が断を下した格好だ。今シーズンも1番打者として開幕戦を迎えたが、チーム事情で本来の打順を外れ、4番を任される試合も続いた。今月半ばに本来の1番に戻ったが、そこから7試合は本領とは程遠い打撃で苦しんだ。6月の打率は1割台。延長十二回ドローに終わった前夜も6打数無安打で、シーズン打率は・252まで降下した。
甲子園球場で中日戦のスタメンが発表されたこの日の夕刻、僕は鳴尾浜球場にいた。
「あぁ、風さん」
木浪聖也は元気そうだった。
ソフトバンク戦の死球による左肩甲骨骨折で出場選手登録を抹消されたのが今月16日。あれからまだ2週間も経たないわけだけど、木浪に会えば、負のオーラをまったく感じなかった。
ちょっと顔見たくなってさ。
そう伝えると、彼は笑っていた。
周囲の「ありがたい」サポートもあって治療の経過は順調だという。ケガの性質上、プレー復帰の壁は守備よりも打撃になりそう。見切り発車の再発だけは「避けたい」と言う木浪だから今は辛抱のとき。心の中を覗けるわけではないので、本心は分からない。でも、僕の知る限りの彼はどんなアゲンストでも前を向ける男だ。つとめて明るく振る舞うことで自身を前へ前へ突き動かしているように見えた。
テレビで阪神戦見る?
俺が木浪聖也なら見ないけど…。
そう問えば、彼は言うのだ。
「見ますよ。チームのことは気になるので」
木浪はどこにいても、仲間と共に戦っているのだ。
「風さん、甲子園へ行かれますか?チカに会ったらよろしくお伝えください。木浪がそう言っていた、と…」
同期入団、そして同い歳のキナチカである。当たり前だけど、僕なんか介さずに連絡を取り合える仲だ。それでも今は互いに「ああだこうだ」のLINEはしないのだろう。
雨の甲子園。岡田彰布監督通算700勝達成の夜である。
のっけからランエンドヒット。島田海吏の盗塁…失敗。佐藤輝明はレフトへの安打で二塁を狙ったが、アウト。中野拓夢の三塁への走塁(野選)も紙一重だった。動いてもぎとった指揮官のメモリアル。木浪と近本はこの試合をどう見ただろうか。
「こういう時間を大切にすることが一番大事だと思っていますし、そういうことを家族からも言われました」
鳴尾浜で木浪はそう話していた。
全員で前を向く。岡田野球が息を吹き返す予感が漂う。=敬称略=