「船中八策」をたしなむ秋

 銘酒「船中八策」をいただいた。長く高知にお世話になりながら実は初めてたしなむ辛口吟醸だ。これが旨い。表現の仕様は難しいが…辛いけど、あまい。土佐の水がいいのだろう。

 野村克也政権の取材から数えて何度目の安芸だろうか。あの頃は背番号30のドラフト1位がまだ10代。こちらは20代を謳歌し、キャンプ中の深酒なんてへのカッパだったけれど、今はとてもとても…。土佐の地酒、司牡丹酒造の傑作をキャンプイン前夜に楽しむ。それも大人しめで十分である。

 「昨夜は飲み過ぎて…。ビールとハイボールを…」。同業他社の後輩が安芸市営球場の隣席で言う。こっちは地酒を些と…とは言わなかったけれど、体の変化もあって趣向が変わってきたことを実感する。若い頃は「船中-」の味を知らなかった。というか、この土佐の酒名の由来となった「八策」は学んだことがあるが、その中身は?と聞かれれば、説明できなかった。

 「船中八策」とは坂本龍馬が幕末にまとめた新しい国家構想のこと。龍馬が長崎から京都へ向かう船中で海軍拡張、貨幣整備…など8カ条を起草し、これが後の「五箇条の御誓文」になり…って、そんな説明は不要か。

 桂浜の龍馬像を仰ぎ安芸へ向かう。44歳で虎の将になった藤川球児が故郷に凱旋した。キャンプインの第一声を聴きたくて僕も高知に前泊したわけだが、安芸は朝から本降り。池と化したメイン球場では強い雨の影響か、歓迎セレモニーのマイク音声が入らず、安芸市長の挨拶が客席まで届かないハプニング…そんな状況でいよいよ挨拶に立った新指揮官の第一声が響いた。

 「私、藤川球児は小さいことは気にしません」

 監督、すみません!マイクが…関係者からのそんな類いの声掛けに球児は笑みを浮かべ神対応。しかも、なぜか音声が復活するという珍現象に雨中の客席は温かい笑いに包まれた。

 「船中八策」を味わいながら球児政権の色合いを勝手にイメージした前夜である。監督就任以来「火の玉語録」を日々精読していると、既成概念を取っ払うポジ要素のロードマップをチームに明示しているように思う。ブルペン捕手片山大樹のコーチ抜擢しかり、施設内の禁煙ルール化しかり、また、安芸の初日に目にした捕手中川勇斗の外野守備練習もそう映る。

 底冷えした雨中のブルペンで黒いチームパーカーのフードを時折「頬っ被り」して投手陣の息づかいを凝視した球児である。その所作は旧来の監督像とは異なり、ちょっとかわいらしくも…(失礼)。つまり「不毛な体裁=小さいこと」は気にしないのだ。

 キャンプインの3日前に西宮で1、2軍の首脳陣とスタッフ併せ総勢28人の食事会を開催した。新指揮官はその席で今秋キャンプのテーマを「没頭」にすることを伝えた。意図的に何か斬新なものを-なんて様相はない。本質を求めれば先入観は不要になる。

 「世の既成概念を破るというのが真の仕事である」-。幕末「船中八策」を練った龍馬の言葉だ。 =敬称略=

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