60年前に村山が愛した味
【5月6日】
これは驚いた。というか、藤川球児の采配に脱帽した。六回である。先頭の高橋遥人がヒットで出ると、続く高寺望夢はベンチのサインにうなずき、初球、バットを寝かせた。
当然、そうだろう。中盤まで両軍スコアレス。高橋宏斗に翻弄される中で初めて先頭打者が出塁したのだ。ここはバント一択。定石を崩す理由がない…そう思っていたら、1ボールからの2球目を高寺が強振したのだ。
今シーズンの1号弾をここで打っちゃう高寺もアッパレだけど、球児の野球観にも頭が下がる。あの場面、野手顔負けの打撃でヒットを放った遥人だけど、走者としては無理が効かない。一塁に目をやればリードは2~3歩。高寺はよっぽど巧いバントを決めなければ送れない。球児は2球目にヒッティングのサインを出したと思われるが、中日バッテリーの想定を逆手に取った采配はきっと「1ボール」がミソだった。カウントを悪くしたくない高橋宏斗は難しい球を投げてこない。ストライクを取りに来る。まっすぐ一本。いけ、高寺。球児の胸はきっとそんなふうだったのでは…。想像だけど。
ジョグで先制のホームを踏んだ遥人は残り4イニングをスイスイ。高橋対決を制し、9連戦のラストを飾ったのだから名古屋の虎党はたまらない。
最下位の中日に3連敗していれば、えらいことだった。ご存じ、ここはかつての鬼門。昔の番記者はどうしても弱気になるものだけど、杞憂だった。
ナゴヤドームが不吉だった時代を遥人は知らない。僕らは昔、ここの出張を押しつけあっていた。だって、勝てる気がしなかったから。先制しても気づけばひっくり返され、岩瀬仁紀ら鉄壁のブルペン陣に締められた。『燃えよドラゴンズ!』を聴きながら、何度ここで「負け原稿」を書いたことか。
だけど、僕は名古屋出張を外さなかった。叱られそうだけど、球場外の楽しみを見つけていたからだ。
「餃子なら夜来香」
栄3丁目の路地裏にこの黄色い看板が見える。夜来香…正式にはエイライシャンと読むらしい。60年前に名古屋で初めて「焼餃子」を売り出した中華料理の老舗。古株の阪神関係者で知らない者はいない。僕も毎夜のように通い、選手ともよく遭遇した。思い出深いのは、阪神時代の新井良太と餃子を堪能した夜だ。たまたま居合わせた鳥谷敬が涼しい顔で僕らのお代を支払ってくれた。投手仲間とともにテーブルを囲む藤川球児を見かけた夜もある。
半世紀以上前、ナゴヤ球場で名だたる虎戦士が試合前から「夜来香の味」を堪能していたそうだ。そりゃ、60年前の開業だから往年の…というか、そもそも、阪神の誰がこの味を広めたのか。聞けば、村山実だという。
どうやら遥人は球団60年ぶりの3試合連続完封だそうだ。思い起こせば、新人時代の彼が甲子園でプロ初登板初先発初勝利を飾ったのは村山実以来、59年ぶりだった。右腕なら村山実。抑えなら藤川球児。左腕なら…91年の球団史で高橋遥人がその域まできたことがうれしい。=敬称略=
